第5話 親友の苦しみは

角田ははやる気持ちをこらえて入院病棟の廊下を歩いていた。――廊下は走らない。小学校で習うことだ。

スニーカーの底が平らな床をぱたりぱたりと打ちつける。放っておけばどんどん激しくなってしまうその足音を抑えようと身を固くする。――病院では静かに。常識だ。


両の拳を固く握りしめてまっしぐらに『471号室』を目指す。

扉の前に着いて、きつく握った手を意図的に少し緩める。一呼吸置いたノックの音は固くて、指の関節が痛くなった。


「どうぞ」

いつも通りの声に心臓が少しだけ楽になる。滑らかに開く引き戸は重たい。

顔を上げると夜宮の笑顔があった。


6人部屋だが検査などで出払っているのか今は夜宮しかいない。窓際のベッドだ。

ベッドの背を起こして座っている。目が合うとにかっと笑って手を振った。

真昼の日を透かして眩しく輝くカーテンに角田は思わず顔をしかめる。

「こっち来いよ」

小招く夜宮の声に導かれてふらりとベッドに寄った。


「急に発作で倒れたって。どうして」

枕元に棒立ちになって親友を見下ろす。

「まあ座れって」

示された丸椅子にすとんと腰を下ろす。日光にさらされた椅子は温かい。

「昨日だって読んでくれて、いつも通り笑ってたのに、どうして……ボクの文章じゃ足りないのか?」

どうして、どうして。

ただひたすらその一語が、目を、耳をふさぐ。

唇を噛んで膝の上にそろえた拳を見下ろした。


「落ち着けよ」

ぽん、と肩に温かい手が置かれる。しかし――

「落ち着けないよ!」

角田は子どものようにがむしゃらに首を振った。目頭が熱い。

薄い涙の膜越しに見る夜宮の顔は笑顔を取り繕ってこそすれ、ひどく疲れているように見える。

「どうして笑ってるんだ」

涙の代わりにぽろりと言葉がこぼれた。

「ボクにくらい、……」

言いかけて、ううんと首を振る。夜宮の気遣いを無下にはできない。


「ごめん」

うつむいたまま立ち上がって引っ張られるように扉へ向かった。

「待ってるからな」

出がけに投げかけられた声は角田の背を包み、胸に深く跡を残した。

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