第4話 「生活」についての形而上学的考察
真夏の蝉の鳴き声は音量マックスでただ漏れのスピーカーみたいだ。
……なんて思いながら小石を蹴飛ばす。
「あのさあ」
音波に吹き飛ばされないように、角田はなるべくねばりつくような声を心がけた。
「えぇ? なに?」
夜宮は自分の耳に手を添えて聞き返す。
「あのさあ!」
「うん」
今度は聞こえたようだ。そのまま耳をそばだてる夜宮に、角田は精一杯声を張った。
なにせここは真夏の校舎裏。木々に囲まれた裏口のステップに腰かけているのだ。
夜宮の手元には角田が書いた原稿。
角田が書いて、夜宮が読む。高校入学から4ヶ月、いつかの約束通りに平穏な日常生活は繰り返されていた。
「ボク、小説甲子園ってのに応募してみようと思ってるんだ!」
「なんだいその小説甲子園ってのは」
「小説投稿サイトの企画でね! 高校生だけが参加できるんだよ! 選考委員には有名な児童書作家の先生も入ってるんだって!」
「へぇ」
夜宮は原稿に目を落とす。
「いいじゃないか。チャレンジだ」
角田の頬はリンゴのように赤い。
正直言うと夜宮の耳心地のいい声は蝉時雨の中にあってはほとんど聞こえない。
だが角田には問題なかった。
「それでぇ!」
「もう叫ばなくても聞こえるぞ」
「えっ、あっそ」
紙束をもてあそびながら意地悪く笑う夜宮の横顔を見て、角田は少しばかり声量を落とした。
声を出し慣れていない喉は変な具合になっている。咳払いで全てを振り払って、再び口を開いた。
「それでさ、その中に『甲子園創作合宿』ってのがあるんだけど」
「ほう」
夜宮は紙を一枚めくる。
「そのテーマが『生活』ってんだ」
「生活」
「うん。ねえ、『生活』って何だと思う? ボクさっぱりわからなくてさあ」
もう一枚めくる。
「そりゃあお前、生きて活動してりゃあ何だって『生活』だろう。」
蝉の声が夜宮の横顔を飾る。
「……そう言っちゃそうだけど」
角田は大げさにうなだれて見せる。
「もっと具体的なテーマを期待してたんだよなぁ……」
夜宮は顔を上げないまま薄く笑った。
「その気持ちをそのまま書きゃあいいんじゃないか」
「え?」
「エッセイとかさ。そのなんちゃらって企画の運営に、抗議の意思も込めて正直にお返ししてやれよ。きっと賞取るぜ」
「はあ」
角田は口を閉じ、渋い顔を作って考えた。
喉の奥から漏れる唸り声はいつしか蝉に対抗するように大きくなっていく。
「耳がおかしくなりそうだな」
夜宮が言った。
角田は少し口を開けて息だけを漏らし続ける。
ややあって、
「まあ、もうちょっと考えてみるよ」
そう言った。
「それがいい」
夜宮はぱさりと紙束を閉じた。
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