第24話


「おーい! カイト、カイト!」

 廊下から、ぼくを呼ぶ声がする。

「なーに?」

「この前の委員会で話し合ったことをさ、ちょっと考えたんだけどさ。なんかこんがらがってきちゃって。こんがらがったやつが頭のこの辺にずっとあってさ、気持ち悪いんだよね。だから、委員会の直前まで待たないでさ、もう、バシッとまとめておきたいなって思ってて。ちょっと頭、貸してくれない?」

 こめかみのあたりをツンツンとつつきながら、タツキが言った。

「なんかさ、ぼく、頭打ったらしくてさ、超天才になったから。いくらでも貸すよ、頭」

「え……お前、マジで頭打っただろ? 人変わってない? え、大丈夫? どこ打ったの? どこで? 血とか出た? 平気?」

 タツキがこんなに心配するの、はじめて見て、聞いた。

 それがなんだか、どこか面白いことのように思えて、ぼくはクスッと笑った。

 ぼくが笑うと、タツキはもっともっと見たことない顔をする。

 さすがにやりすぎたかな、なんて思ったけれど、笑った顔を普通の顔に戻すのは、なんだかとっても難しい。真顔になったら不自然だろうし、怒るのも泣くのも変だし。――じゃあ、笑顔のままで、いいか。

「ま、頭のことはどうでもよくて。どこ? こんがらがっちゃったとこ」

「あ、ああ。ここ」

「ちょっと待ってて。読んでみるから」

 立ったまま、ぼくはタツキが持ってきたノートに視線を泳がせた。

 ちょっと下手くそな文字。殴り書きされた頭の中。

 正直を言えば、けっこう読みにくい。けれど、読みにくいかどうかは、今関係ない。

 今、集中すべきは、彼の頭のなかでこんがらがっている、考え事の出口を見つけること。

「うーん。ぼくはべつに、このままでいいと思う」

「うっそー? すっごくこんがらがっててさ、わけわかんなくない?」

「うん。わけわかんない」

「おい……そんなにきっぱり言われると、さすがにちょっと傷つくんだけど。ってか、さっき『このままでいい』って言ったじゃんか。どっちだよ」

「ああ、いや、ごめん。言葉足らずだった。このままでいいんだけど、今って頭の中にあることをバーッて書いていった感じじゃん?」

「うん」

「だからかなぁ。なんか、伝わりにくいような感じがする」

「伝わりにくい?」

「そう。伝える順番とか、伝えないといけないこととかが整理できてない感じ。あってもいいんだけど、なくてもいいことをたくさん書いてて、必要なことがちょっとしか書いてないとか、そういう――」

 トン、と優しい音がした。

 タツキが教室の引き戸にそっと寄りかかった時に、引き戸が出した声だった。

 タツキは、二本の足で立つことに疲れたのだろうか。

 いいや、たぶん、そういうことではない。なんとなく、考えることに疲れてしまったような、そんな雰囲気を感じる。

「どうした……? タツキ」

 こういう時、どう声をかけたらいいのか、ぼくにはまだ、分からない。

 だから、これが、今のぼくの精一杯。

「んー? なんか、まだこんがらがってるっていうか。その……言われたことは何となくわかるんだけど、じゃあどうすればいいのかが、分からない」

 ハッとした。あれこれ言葉にしたくせに、ぼくだって、どうすればいいのか、よく分からなかったから。

 ふたりして黙って、ふたりしてノートを見つめる時間が、刻々と過ぎる。

 上履きと廊下が奏でる音が、まるで壊れた時計の秒針が鳴っているかのようにパタ、パタパタと不規則に聞こえた。

「ぼくも、一緒に考えたい。放課後とかさ、時間ある?」

「うーん。今日は塾に行く日なんだ」

「じゃあ、明日は?」

「俺は平気だけど、カイトは?」

「スイミングがあるけど、夕方だから。時間作れるよ」

「マジ? サンキュ」



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