第22話


 言われたとおりに、扉を開けたまま、ベッドに入って、目を閉じた。

 いろんなことがあったからなのか、おいしいごはんをもりもり食べたからなのか、ぼくはびっくりするくらいすぐに眠った。

 気づいたら朝になっていた。

 お父さんやお母さんがぼくの部屋を覗きに来たかどうか、全然わからない。

 そのくらい、深い深い眠りの中に落ちていた。

 夢を見たような、見ていないような。

 鮮明な夢の記憶はない。

 けれど、なんだかとっても心が温かい。なんとなく、空気ではない何かが満ちた世界でほわん、としていたような気がするけれど、それが夢であるのか、経験であるのか、はたまたそれ以外の何かであるのか、ぼくには分からない。

 顔を洗って、ダイニングへ行くと、お母さんが朝ごはんを用意してくれた。

 ぼくはそれを、夜ごはん同様もりもり食べた。

 お母さんはその様を、チラチラと見ていた。見られていることには気づいていたけれど、じーっとではなくてチラチラだったからか、今回はあまり気にならなかった。

 ごちそうさまをして、立ち上がる。学校へ行く準備をするために、部屋へ行こうとしたら、お母さんに通せんぼをされた。

 お母さんの表情には、不安の色が残っていた。

 たぶん、この後、「病院に行こう」とか、言われるんだろうな。

「ねぇ、カイト」

「ん?」

「やっぱり、病院に行って、みてもらってこない?」

 予想的中だ。

「うーん。別に変なところとか、ないけどな。何をみてもらうの?」

「えっと、その……頭?」

「なんで、頭?」

「だって、打ってるかも、しれないじゃん?」

 擦り傷や切り傷のように目で見ることができる傷ではなくて、目で見ることができないダメージを、お母さんは心配している。

「うーん。それは……テストで毎回百点を取るようになってから心配すればいいことだと思う」

「……え?」

「すっごく頭が良くなったら、その時『あの時の影響だ』って考えて、病院へ行って、みてもらえばいいと思う。今は、本当に――なんてことないから」

 ちゃんと安心をしたわけじゃないと思う。でも、通せんぼはやめてくれた。

 ランドセルに、今日使うものを詰めていく。忘れ物はないか? 大丈夫、全部入っている。

 あとは歯磨きをして、トイレにいったら準備完了だ。

「それじゃあ、行ってきます!」

「カイト、ちょっと待って」

 いざ学校へ、と靴を履きだしたら、お母さんに止められた。

 やっぱり、行くなって言われるのかな。行くなら病院だ、って。

「これ、先生に渡して」

 差し出されたのは、細長い紙だった。

 なんだっけ、これ。便箋、じゃなくて――ああ、たしか、一筆箋、ってやつだ。

 連絡帳を使わなくなってから、先生に伝えたいことがあるときに、お母さんが短い手紙を書くのに使っているやつ。

 封筒に入れたりしていないそれは、書いた内容が丸見えだった。止められないことをいいことに、ぼくはそれに、目を通した。

「絶対渡してね」

「わかったよ。いってきます」

「いってらっしゃい。寄り道しないで帰ってくるんだよ」

「はーい」

「土手から降りたら、怒るからね」

「はーい」

「学校で調子悪くなったら――」

「先生に言って、保健室へ行くよ。この手紙、ちゃんと渡しておくから。いってきまーす!」

 お母さんから、まだ何か言いたげな雰囲気を感じた。

 けれど、玄関ドアが閉まりきる直前、「気をつけてね」というささやきが、確かに聞こえた。

 だから、きっと、お母さんは言いたいことを飲み込んで、ぼくを信じてくれたんだと思っている。



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