第17話
ビタローさんの所へは、ウオくんだけではなく、メイも一緒に行った。
ウオくんもビタローさんに会ったことはあるみたいだけれど、〝仕込まれている〟メイのほうが、色々詳しいし、メイはメイでビタローさんと話したい事があるらしい。
ビタローさんの家の玄関は石でできていた。
先頭のメイが、呼び鈴を鳴らすでもなく、さも自分の家みたいに扉を開ける。はっと思い出したかのように「メイでーす! 入るよー!」と叫ぶと、返事を待たずにずんずんと奥へと進んでいった。
ウオくんはそれが普通って顔でメイについて行く。だからぼくも、ふたりについて行く。
玄関の先は、砂の階段で、どこが終わりなのかパッと分からないくらい深い。
もしかしたら、世界の裏側につながっているんじゃないかと思うくらい、深い。
でも、下って、下って、下り続けたら、平坦な場所に着いた。
そこには扉がいくつかあって、そのうちのひとつには、綺麗な魚の絵が貼られていた。
メイは、その魚の絵の部屋の扉を、尾ビレでバチン、バチン、と叩いた。
扉の向こうから、トコ、トコ、と物音がする。
ギィ、と扉が開くと、隙間から不思議な生物が顔を出した。
魚人だ。
でも、なんだかちょっと、変な感じ。人らしい部分――手や足が、赤かったり、黄色かったりする。
ぼくはその姿を、全身を、舐めるようにじぃっと見た。
ドン、と何かに背中を小突かれて、何ごとかと思って振り返れば、メイがいた。
眉間にしわが寄っている。たぶん、見ているだけじゃなくて何か言え、ってことなんだろうな、とぼくは思った。
そういうメイこそ、ちゃんと口で言えばいいのにサ。
「こんにちは。あの……ビタローさん、ですか?」
「そうだよ。わたしがビタローだよ。キミは――噂の、カイトだね?」
ビタローさんが、微笑んだ。
「ここに座って」
「ありがとうございます」
ぼくとウオくんは、言われるがままに腰掛けた。
でも、メイは違う。どこか違う部屋へ向かって、すいすいと泳いで行ってしまった。
「それで、ここへ来たということは……。カイトは、帰ることにしたのかな?」
ぼくは心の準備をしてからここへ来たつもりだったけれど、準備が足りていなかったみたいだ。
世間話とか、そういう心が落ち着くような話なしに、いきなりストレートな質問をされて、胸がドキン、となった。
「えっと……はい」
「よーし。わかった。じゃあ、まずはここでお茶会をしよう」
「え、お茶会?」
『お待たせ~』
ついにあたしの出番ね、とでも言いたげに胸を張りながら、メイが四人分のお茶とお菓子を持って戻ってきた。
手際よく、それぞれの前にそれらを置いていく。その様を、ぼくはじ~っと見ていた。
お茶は、紅茶みたい。ふぅわりとすこし、大地の香りがする気がした。
お皿の上には、カイソウ煎餅や、クラゲグミ、珊瑚キャンディ――。いろいろなお菓子が山盛りになっている。
並べ終わるなり、メイは腰を下ろしながら、「いただきまーす」と言って、我先にそれらを頬張り始めた。カイソウ煎餅やクラゲグミはポイポイ口に放り込むけれど、ウニみたいな金平糖だけは、よーく見つめてから口に入れた。じっくりとその味を楽しんでいるみたい。
ただ、メイが食べているってだけの時間が、少し流れた。
ギョッギョッギョー、と魚時計が鳴った。その音をきくなり、ビタローさんがふんわり笑った。
「それじゃあ、わたしたちもいただこう」と言うと、ぼくとウオくんを交互に見た。
ぼくはウオくんを見た。ウオくんは、ぼくにニッコリ笑いかけると、
「いっただっきまーす!」
ぼくが食べるのを、待っていたのかな。
ウオくんの心の内は分からないけれど、みんなが美味しそうにおやつをたべるから、ぼくも「いただきます」と手を合わせて、それらに手を伸ばした。
ウオくんは、ヒラメクッキーを口に放り込む。ビタローさんは、お茶をちびり、ちびりと飲んでいる。
ぼくは――何をどうしたらいいのか分からなくって、カップに手をのばして、触れて、やっぱり離して。お菓子をつまんで、お皿に戻して。そんなことを、繰り返していた。
ただ、食べたり飲んだりすればいいだけのはずなのに。おかしいなぁ……。
「そういえば、ビタちゃん。この前貸したウロコクリーム、返してもらってないんだけど?」
「ああ、ごめんごめん。そこの引き出しに入れっぱなしだ」
「もう。借りたらちゃんと返す! 子どもだってできることだよ?」
「申し訳ない。色んな考え事をしていたら、すっかり忘れてしまったや」
「次からは気をつけるように」
「はーい」
ぼくには、メイがビタローさんのお母さんみたいに見えた。
すごいなぁ。ぼくは、メイみたいに、大人にしっかり指摘することなんて出来そうにない。
メイは、他人に対してはっきりものを言う。だからかなぁ。だからこんな信頼関係が生まれて、その関係が育ったのかなぁ。
今に至るまでにふたりは、喧嘩したりとか、したのかなぁ。
きっと、たくさんぶつかってきたんだろうな。
はっきり言葉に変えるっていうことは、時にはすれ違いや怒りを生む。
だけど、心を開いて話をして、ちゃんとすれ違いとか怒りも受け止めて、噛んで、飲んで、消化したら、たくさんの栄養を得ることができる。
きっとその栄養が、信頼関係を育ててくれるんだろうな。
「それで、どうだった?」
「メイのオススメのウロコクリーム?」
「そうそう」
「なかなかよかったよ。でも、わたしにはすこし、香りが甘すぎるかな」
「ああ。それなら、潮の香りのやつがいいかも」
「無香料のやつ、あるんだ」
メイとビタローさんの関係に、憧れた。
ぼくも、心を開いて、ぶつかってみようと思った。
「あ、あの!」
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