第16話


「食用種って呼んでいるのは、カイトくんが知っているか分からないけれど、人間が言うところの、養殖魚のことなんだ」

「養殖なら、分かるよ。詳しいことは、分からないけど。何となくなら」

「そっか。まぁ、正直を言うと、私も詳しいことは分からないから、仲間だね。それで、ええと。だから、食用種って呼んでいるのは、食べるために、育てている魚のこと。これらは、囲いの中で育てているから、街のあたりを自由に泳いではいないんだ。カイトくんが街の外れでみた魚の大群は、そうだなぁ……野生生物みたいな感じ、って言ったら、伝わるかな」

「野良猫とか、そういう感じ?」

「そうそう! そういう感じ。だから、私たちが好んで食べることはない。まぁ、人によっては、うーんと、そうだなぁ……川釣りとか、海釣りをするような感じで、魚を捕まえることってあるでしょう? あるでしょう? って同意を求めるのは良くないかもしれない。あるんだよ、人によっては。そんな感じで、野生魚を捕まえて食べる生き物も、この世界にはいるんだろうなって思っているよ。まぁ、この街では出会ったことがないけれどもね」

 置いた箸に、手を伸ばす。

 ヒデトさんが、魚をパクッと頬張って、ニッコリしながらモグモグと噛んだ。

「あの……」

「ん?」

「ぼくも、食べてみても……」

 モジモジしながら、ようやく絞り出せた小さな声で言うと、ウオくんのお母さんがすぅっとキッチンへ泳いで行って、ぼくの分のお魚を持ってきてくれた。

 今日のやつは、ほぐした身じゃなかった。開いて、焼いたやつ。

 もう命の炎が消えてしまっていることは明白だけれど、パタン、と閉じたらまた泳ぎだすんじゃないかと思ってしまうくらい、原形がある。

 怖い。この世界を知る前までは、平然と食べることができていたそれが、今は怖い。

 けれど、ぼくは勇気を出して、一口食べてみた。

「おいしい! ……あっ」

「カイト。『あっ』は余計だよ。あと、『あっ』って言いながらママやウオを見るのもあんまり良くない」

「ご、ごめん」

「おいしいって感情は、嘘じゃないんでしょ? じゃあ、それだけでいいじゃない。みんな美味しく食べてるんだし。カイトからしたら変なことなのかもしれないけど、あたしたちからしたらこれが普通なの。『あっ』になにが込められていたのか。あたしの想像が正しいとしたら、けっこう失礼だからね?」

「ご、ごごごごめん!」

 食卓は、笑顔とキラキラした声で満ちた。

 ぼくは心の底から美味しいって思いながら、命に感謝しながら、久しぶりに魚を食べた。

 魚と一緒に魚を食べるっていうのは、なんだか変な気分。でも、とっても明るい気分。

 ぼくにとってこの瞬間は、かけがえのない宝物だ。


 食事を終えて、みんなで一息ついているとき、ぼくはみんなに「ビタローさんの所へ行きたい」と宣言した。

 ここでの暮らしは楽しくて、ほんとうに楽園のようだと思う。

 時々、心がズキズキすることが起こるから、これまでにイメージしていた楽園とはちょっと違うけれど、それでも、ここは――楽園だ。

 ずっとこうして暮らしていられたら、どれだけ幸せだろう、と思う。

 この幸せに、溺れていたいと思う。

 けれど、ウオくんたちがぼくを受け入れて、優しくしてくれるから、幸せでいられるというだけだ。

 これは、自分で掴み取った快適さや幸せではない。

 だからぼくは、ぼくが生きるべき世界で、ぼくの楽園を探したい、と思った。

 上手くいくかは分からないし、とっても時間がかかるかもしれないけれど、それでも――ぼくは、頑張ってみたい。

 心の内をさらけ出したら、みんながパチパチと手やヒレを叩いてくれた。

「カイトのことを、ずっと応援しているからね」

 ウオくんが、ヒレの先を丸めた。ぼくは手をグーにして、丸まったヒレにこつん、と当てた。


 ウオくんの部屋で、ワカメを被った。ウオくんはぷかぷか揺れながら、うとうとし始めた。

 ワカメを被ってからそんなに時間は経っていないはずだけれど、なんだかすごく眠たくて、ぼくもうとうとし始めた。

 今日はいろいろあったし、何度も勇気を振り絞ったから、疲れたみたいだ。

「ねぇ、カイト~」

「ん~? な~に~、ウオくん~」

 ふわわ、と泡みたいな言葉のやり取りが続く。

 正直、何を話したのか、全然覚えていない。

 でも、ほっぺたのてっぺんが高くなるような、そんな話。目が覚めたときに、緩んだ口角から垂れた涎のあとに気づくような、そんな――笑顔になっちゃう楽しい話を、ふたりでしていた。



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