第15話
ウオくんと街を行く。
魚や人魚、魚人と会うたび、「こんにちは」と声をかけた。
すると、「こんにちは」と返ってきたり、「おう、元気か?」と声をかけてもらえたり、「あら、飴ちゃんたべない?」と飴を貰えたりした。
この場所は、心地いい。それに、あたたかい。
慣れてきたのか、すれ違う生き物がどんな姿をしていても、少しもびっくりしなくなった。なんなら、周りを見ながら歩くのが、今までよりもずっと楽しい。
誰かをしっかりと見て、どんな人なのかを知ろうとすることが、すごく楽しい。
けれど、なんだか心の底がザラザラするのもまた、確かだった。
人の顔の色が違ったり、生まれた国が違ったり、というのとは違う。ゲームや物語の中だったらワクワクするのだろうけれど、実際ここに居ると、なんだか変な気分になる。
ぼくが弱くて、未熟なのかもしれないけれど、歩けば歩くほどに、ぼくは自分が誰なのか分からなくなってきた。
人、でいいんだよね? ぼくも、このままここに居て、成長を続けたら、足がヒレになったりするのかな。
そんなことはないか。それがもし可能なら、きっとヒデトさんは人のままだと危ないからって、人魚を目指しているのだろうし。
魚語を覚えたら、人魚になったりするのかな。あれ? それとも、魚人のほうなのかな。頭が魚になるのは……なんだか怖いな。
ウオくんのことは好きだし、ウオくんの顔が変だとか思わない。けれど、自分の顔が人であることに慣れているから、これから魚になってしまったら、受け入れる勇気がないな。
メイは「ビタちゃんに仕込まれてる」って言っていたけれど、じゃあぼくも、ビタローさんに仕込まれたら人魚や魚人になれちゃうってことなのかな。
散歩を終えて、家に帰ると、ウオくんのお母さんとメイが晩御飯の支度をしていた。
ぼくは魚を食べたがらないから、ぼくだけ特別メニューみたいになる。前はそれがすごく申し訳ないと思っていたのに、最近はその〝申し訳ない〟が薄れている。
みんながぼくの「食べたくない」を尊重してくれるから、薄れたんだと思う。
みんなで「いただきます」をして、食べ始めた。
ぼくは、魚を美味しそうに食べるみんなを、じぃっと見た。メイが、『言いたいことがあるなら、はっきり言いなさい』って目で、ぼくを見た。
ウオくんが魚を食べるのは、ぼくが人間を食べるのと同じことだ。そんなこと、できるかな。いいや、無理だ。だって、人間は食べ物じゃないもの。でも、魚は食べ物だと思っている。もちろん、ウオくんやウオくんのお母さん、街で出会った魚たちのことを食べ物だとは思わない。
けれどやはり、魚それ自体は、生き物であり、食べ物だ。
じゃあ、なんでぼくは今、魚を食べることを拒絶しているんだろう。
それは、たぶん、目の前に魚がいるからだ。家族みたいな、大切な友だちの魚が。
本人(本魚と言ったほうがいいんだろうか)たちは美味しそうに魚を食べている。
この食用種とやらを、この場で食べることに、どんな問題があるだろう。
これは、大切な魚ではない。いいや、命は等しく大切にされるべきだろうけれど。ああ、考え事の糸が、絡んできちゃった。
そういえば、その食用種ってどういう種なんだろう。
もしかして、この前、人間を襲った魚たちだったりするのかな。
ぼくの目にははっきりと映っていなかったからと、信じ切ってはいないけれど、あの魚たちが人間を食らいつくしていたとしたら。それが、食用種として食卓に上がっていたとしたら。
それはつまり、回りまわって人間が人間を食べることになってしまって……ええっと。
「カイト!」
メイがじとっとした目で僕を見ながら、いたずらを見つけて注意するみたいな、優しさを纏った声でぼくを呼んだ。
「は、はい!」
「食事中にぼーっとしちゃダメだよ」
「ごめん、ごめん」
みんなはパクパクごはんを食べている。ぼくは、失礼承知で、聞いてみた。
「ねぇ、その、魚……食用種ってヤツは、その……この前、街の外れの草むらで見た、大群のこと?」
ヒデトさんが、ウオくんを見た。
ウオくんは、うーん、と首をかしげて、困った顔をしている。
「ウオはまだ、説明していなかったんだね。それじゃあ、私から説明した方がいいかな?」
ヒデトさんは、お箸を置くと、お茶を一口。そして、食べる魚のことをぼくに教えてくれた。
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