第14話


 ぼくはひとり、考え込んだ。

 ぼくは今どういう状態で、ぼくはこれからどうしたらいいんだろう。

 ウオくんやウオくんの家族は、すごくやさしい。

 まるで、家族の一員になったような気さえする。

 でも、本当は、かりそめの家族だ。ぼくは、この家の人間じゃない。

「ほら、飲みなさいよ」

「あ、ありがとう」

 ぼーっとしているぼくに、メイが不愛想にお茶を出してくれた。一口飲む。

「――っ?」

 今まで出してもらったお茶は、ちょっと出汁がきいていておいしかった。

 でも、これは違う。思わず顔をしかめちゃうくらい、すっごく苦い。

 でも、せっかく出してくれたのに、変な顔をしたら失礼だ。

 ぼくは普通の顔になるように頑張りながら、ちびり、ちびりと飲んだ。

「はぁ……。『何? この苦いの』とか言えばいいのに」

「え?」

「前にも言ったと思うけどさ、はっきりしなさいよね。心の中にぎゅうぎゅうに気持ち詰め込んでさ。口に出したり、文字にしないで、誰かに分かってもらえるとでも思ってんの? ちょっと苦かったから砂糖入れたいとかさ、お茶葉間違えた? とかさ、何かしらあるでしょ、言えること」

「うーん」

「カイトってさ、口要らないタイプ? その口、笛に取り換えちゃう? だってさ、ピッて吹くか、ピィッて吹くかとか。そんな感じでさ、笛で吹き分けられるくらいしか、気持ち出さないんだもん。そういうところ、あたしは……ちょっと嫌い。なんか気になっちゃうし、なんかムカつく。そう……きっと、だからだ」

「だから? だからって……何?」

「あたしがカイトをここへ連れてこようと思ったの、きっと気になって、ムカついて、どうしても言ってやりたくなったからだ」

 メイが言ったことは、難しいことなんかじゃないはずだけれど、なかなか理解できない。

 ここへ連れてこようと思った? ぼくをここへ連れてきたのは、人魚ではなくて人間だ。あの、石蹴りを教えた子。

 でも、待てよ? メイの顔をじぃっと見てみる。前から何度も思っていることではあるけれど、やっぱりあの子に、似ている気がした。

「で、でも」

「でも?」

「ぼくは人間にここへ連れてこられたっていうか、その……」

「何?」

「いや、メイによく似てはいた。でも、確かに人間で、人魚じゃなかった。だから、メイがぼくをここへ連れてきたっていうのは、違うと思う」

 メイの目を見ながら、所々言葉を詰まらせながら、けれどぼくは、伝えたいことを最後まで言った。

 メイはぼくのことをじーっと見つめ返す。そうして、にらめっこみたいな時間が続いた。

「カイト」

 さっきまでの時間がにらめっこだったなら、ぼくの勝ちだ。

 でも、にらめっこじゃなかったってことは、メイの顔を見ればよく分かる。

 メイの顔には、悔しさなんて少しもない。面白さも、あまり感じない。その笑顔を彩っているのは、嬉しさのように思う。

「ん?」

 ぼくもつられて、微笑んだ。

「カイトの言葉、聞けて嬉しい。嬉しいから、大事なことを教えてあげる」

「なーに?」

「あたしね、カイトを見たとき、〝あ、この子、ちょっと『今』と距離を置いた方がいい子だ〟って思ったんだ」

「うん」

「だから、カイトのことを、こっちに連れてこようと思った。そうしたら、距離を置けるから。それに、言いたいことを言う時間もできるし。でも、いきなり連れてきたら、びっくりしちゃうでしょ? だから、なんとなく、こう、仲良くなるっていうか、その、一緒に遊ぶっていうか、えっと――」

 ちょっと強気な子だと思っていたけれど、メイにもしどろもどろになる時はあるらしい。

 言葉選びで悩んでいるらしいメイの顔は、いっそうにあの日、あの時、土手で出会った、ここへの案内人の女の子によく似ていた。

「ねぇ」

「ん?」

「人魚って、人間にもなれるの?」

 何かに驚いたらしい。メイの動きが、ぴたりと止まった。

「ぼく、ただ顔がよく似ているだけだと思っていたんだけど。似ているってわけじゃなくて、あの時の人間って、メイだったんだね」

 断言するのは、勇気が要った。

 でも、メイ相手ならば、出来る気がした。だから、そうした。彼女なら、間違えていたとしても、許してくれると思えたから。

「よ、よく分かったね」

 まさか、ぼくがはっきりと物を言うと思っていなかったらしい。メイの顔に、驚きの色。その色を見つめていたら、自然とまた見つめ合っていた。

 今度は、一緒にぷっと吹き出すように笑った。心の底から、面白がって。

 もちろん、たとえ家族であっても聞いてはいけないことを聞こうとは思わないけれど、そうではないこと――たとえばクラスでみんなが聞いたり答えたりしているようなこと――ならば何でも問える気がした。好奇心を微塵も隠さずに、ぼくはメイに聞く。

「ねぇ、どうやってヒレを足に変えるの?」

 メイは、よくぞ聞いてくれました、とでも言いたげに、フンと鼻を鳴らしてから、

「ビタちゃんに仕込まれてるからね!」

 自信満々の顔をして、胸を張った。

「ビタちゃん?」

「ビタローさんのこと。あたしは、ビタちゃんって呼んでるの」

「へぇ……。ビタローさんって、魔法使いか何かなの?」

「うーん……魔法使いかっていうと、たぶん違う。あの人は――この泡の世界の、心臓だよ」

 心臓、か。なんだかすごい人みたいだ。

 なるほど、そんなにすごい人なら確かに、帰りたいと告げれば、ぼくを元居た世界に帰してくれるのかもしれない。

『あー! いたいた! カイト、散歩に行こうよ!』

 ウオくんの声だ。

 振り向くと、しゅるしゅる、とウオくんが泳いできた。

 ワクワクでいっぱいの、キラキラした目だ。これはもう、一緒に散歩に行く以外の選択肢なんて、ない。

 メイはぼくに向かってパチッとウィンクをすると、ぼくの分のティーカップも一緒に持って、キッチンへと消えた。

「あ……メイ、ありがとう!」

 キッチンにいるメイに、声をかけた。

 メイの「どういたしまして」が、いろんな壁にぶつかりながら、小さくなりながら、ぼくの耳まで届いた。



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