第13話


 夜になった。

 ぼくらはみんなでご飯を食べることになった。

 ふたつあった椅子は、もともとヒデトさんとメイのものだったらしい。この家に余計なぼくのせいで、椅子がひとつ足りない。

 メイは、「あたしは別に椅子無くてもいいし」と唇をすこし尖らせながら強がると、尾ビレを使って、ヘリコプターがホバリングするみたいに同じ場所に留まろうとし始めた。

 でも、力の加減が難しいみたい。ひゅん、ひゅんと身体が上下してしまっている。

「メイ。この椅子はメイのものなんだから、メイが使って」

「じゃあ、カイトはどうするのよ」

「ぼくは、別に。立ってるでもいいし、床に座るでもいいし」

「お行儀わるぅ」

「べ、別にいいでしょ。ほら、さっさと座って」

「ふーん」

 みんながいただきますをして、食べ始めた。やっぱり、魚の身が入っている。

 ウオくんは、お父さんやお母さん、メイの声掛けで、元気を取り戻していた。

 百パーセントっていうわけではないけれど、「おいしいね」って笑いながらご飯を食べられるくらいにはなっている。

 でも、ぼくは――。

 あのとき強がって、隠した分が、今、顔を出しているのだろうか。

 どうにも心の中がざわざわして、ごちゃごちゃして、魚を食べるのが何だか怖い。だから、手を動かせない。

 もしも手を動かせたとしても、たぶん口が動かない。どこも満足に動かせないから、ぼくはご飯を食べられない。

「カイトくん。食べないのかい?」

 ヒデトさんに問われて、ハッとした。

 顔を上げる。みんなが心配そうな目をして、ぼくを見ている。

 あの、なんだか強気なメイでさえ、心配してくれているような顔に見える。

 メイは、はっきりものを言うから、今のぼくにはそう見えるっていうだけで、そういう顔なんてしていないのかもしれないけれど。

「カイトくん。ご飯を食べ終わったら、私とふたりでお話をしないかい? 家の中なら、人間だけでも大丈夫だから。ね」

 

 食後――といっても、ぼくは全然食べられなかったんだけど――、ウオくんもウオくんのお母さんもメイも違う部屋に泳いでいった。ぼくらをふたりっきりにするためだ。

「ここへ来たばかりの頃は、困惑しているだろうけれど、どこか楽しそうに見えた。でも、今はなんだか苦しそうだね」

「え、ええと」

「人はね……いや、動物はね、と言ったほうがいいかなぁ。みんなそれぞれ、心地いいところに居ていいんだよ。根っこを張っているわけじゃないんだから。もしも、そこに居続けなければならない事情があるとしたら。そういうときは、二番目の家を作ることを、私はおすすめしたいな」

「二番目の、家?」

「そう。家や、学校、大人だったら、お仕事をするところだったりもするかな? そういうところのほかに、ここなら安心だ、安全だ、と思える基地を作るんだ。楽園、というと、なんだかファンタジーな感じがしてしまうけれど、私はそういう基地のことを〝楽園〟だと思っているんだ。カイトくんに出会ってすぐだったかな、ここは〝泡の楽園〟だと、言ったよね。それは、私から見たこの場所はそうだ、ということ。私も、キミと似たようなきっかけで、ここへ来た。最初は困惑したけれど、私はすぐ、嬉しいという気持ちでいっぱいになった。ここは、私にとって、本当に――理想の世界だったから。カイトくんにとっても、ここがそういう場所であるとしたら、それでいい。でも、そうじゃないとしたら、キミにとってここは楽園ではないのかもしれない。このまま居続けて、確かめてもいいけれど、心地いい場所を探して、旅に出るのもひとつの手だ」

「きち……らく、えん」

「別にね、たいそうな場所じゃなくていいんだよ。公園のベンチとか、遊具のトンネルの中でもいいんだよ。心穏やかに過ごせるのはここっていう場所があればさ」

 ヒデトさんがなんて言っているのかは、分かる。

 でも、なんでか分からないけれど、上手く理解できない。簡単に「そうですね」と同意するのは違う気がするし、たとえば「そんなの理想論ですよ」なんて文句みたいなことを言うのもまた、違う気がする。

「カイトくんは、帰りたいかい?」

「帰りたい?」

「元居た場所に、帰りたいかい?」

「うーん……どうだろう。わかんない」

「どうして?」

「だって、その……ぼく、ここへ来たとき、思ったんです。ぼく、死んじゃったんじゃないかって」

「そっかぁ」

「だから、ぼくはもうきっと死んじゃってて、その、なんていうか……。今は次の世界にいるから、だから、帰りたいとか、そういうことは叶わないっていうか。うーんと、えーっと」

 何かを言わなきゃ、と思った。頭に浮かんだことを、ぼくは口から吐き出していた。少し前に何を話したか分からなくなるくらい、混乱していた。ぼくに分かるのは、ぼくが話していることにはまとまりがなくて、分かりにくいってことだけ。

 でも、ヒデトさんはずっと、ふんわりと微笑みながら聞いてくれた。あんまりあったかい表情だから、だと思う。混乱しながら、分かりにくいことを話しているって分かりながら、それでも話し続けられたのは。

「この先、カイトくんが帰りたいと思うことがあったら。そのときは、ビタローさんに頼むといいよ」

「び、ビタロー?」

「そう。ビタローさん。ウオやメイが、ビタローさんがいる場所を知っているからね。どこがキミにとって楽園か、心地いい場所なのか。それは、ここなのか、違うのか。時間はあるから、ゆっくり、ゆっくり、考えてみてね」



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