第8話


 その日の夜、ぼくはウオくんの部屋で眠らせてもらうことになった。

「おやすみ」と言い合って、目を閉じる。なかなか眠れない。目を開ける。

 と、目を閉じた魚がふわふわ浮いているのが見えた。魚だって寝るんだろうけれど、こうやって寝るんだなぁ。

 ぼくはワカメを頭のてっぺんまでかぶって、目を閉じた。でも、やっぱり眠れない。どうして?

「あ! 結局、ぼくって死んじゃったんだっけ⁉︎」

 ぼくはそれから朝まで一睡もできなかった。ずっとずっと、考え事をしていた。

 家に帰ってこないからって、お母さん、心配しているかな。

 それともぼくは、死んじゃって、死んだ身体で家に帰っていたりするのかな。心だけここへ来たのかな? じゃあ、ここは天国? それとも、地獄? 地獄って感じはしないから、天国なのかなぁ。天国ってもっと、こう……空の上みたいなイメージだったんだけど、本当は水の中だったのかなぁ。どうしてここへ来たんだっけ? ええと、確か、女の子に石蹴りを教えて、それでその後……そうそう、手首を掴んで、川に引きずりこまれたんだ。それで、それで――。

「おはよう、カイト。眠れた?」

「う、うーん」

「まぁ、あれだよね。眠り慣れない布団だと、なかなか眠れなかったりするよね」

 ウオくんがせっかく優しい言葉をかけてくれたっていうのに、考え疲れてボケっとしたぼくは、なにも言葉を返せなかった。

「朝ご飯だよー!」と、ウオくんのお母さんの声。

 ぼくらはゆっくりと、昨日お茶を飲んだ部屋へ行く。そこには、四人分の食事が用意されていた。

 魚だから、人間だからと分けることなく、みんな同じものだ。

「メイはもう食べて出かけたの」

 なんだか、気を遣わせている気がする。

 そうだよね。ぼくがメイの立場だったら、似たようなことをする気がする。

 外からやってきた、知らない人が家にいるのって、落ち着かない。

 ぼくは、はやく元居た世界に――っていっても、お化けにならないといけないのかもしれないけれど――戻らないとな。

 いつまでも、ウオくんのお家に迷惑を掛けてはいられない。

「いただきまーす!」

 ウオくんの元気いっぱいの挨拶をきっかけにして、ウオくんのお母さんとお父さんも「いただきます」をして、ご飯を食べ始めた。

 ご飯を目の前にしたら、なんだか急にお腹がグルルって鳴き出した。

 ぼくはぼそりと「いただきます」をして、みんなと一緒にそれを食べようとした。

「――っ?」

「どうしたの? カイト」

「さ、さ、さ!」

「さ?」

「魚が、入ってる!」

 ご飯の中には、ほぐした魚の身が入っていた。

 こんなの、食べられるはずがないじゃないか! でも、あれ? ウオくんや、ウオくんのお母さんも同じものを食べている……ってことは、共食い⁉

「え、変?」

「え、だって、ウオくんって魚だよね?」

「うん。魚」

「この中に入ってるこれって、魚だよね?」

「うん。魚」

「魚、食べるの?」

 ウオくんは、不思議そうな目でぼくを見た。

「ウオたちからしたら、別におかしなことではないんだよ。人間は人間を食べないから、ちょっとおかしく見えるかもしれないけれど」

 ヒデトさんが、ウオくんの身体をさすりながら言った。

「あ……そっか。魚って、魚を食べて大きくなりますもんね」

「そうそう。魚を食べない魚だって居るけれど、魚を食べる魚だって居る。ふたりは、魚を食べて大きくなるタイプ、というか、魚を食べることに抵抗がないタイプなんだ」

「そうは言っても、食用種しか食べないけどね」

 ウオくんのお母さんはそう言うと、パチッとウィンクをした。

「食用種?」

「ウオ、あとでカイトくんにいろいろ教えてあげて」

「うん。今日はカイトと散歩に行って、いろいろ見てくるつもりだったし。そうだ、パパ。今日は商店街に行ってもいい?」

「そうだなぁ。昼間ならいいよ」

「やったぁ! じゃあ……」

 ウオくんが、ヒデトさんをちょっと上目遣いで見た。

 するとウオくんのお母さんが、ふふふ、と笑いながら、すいすいと泳ぎ始めた。

 貝殻を器用に開けると、中に入っていたキラキラをヒレで取って、戻ってきた。

「はい。ちょっとだけど、お小遣い。ふたりで楽しく遊んできなさい」

「わーい! ありがとう!」



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