第7話


「ただいまぁ! お客さん連れてきたぁ」

 ウオくんは扉を開けながら、元気いっぱいに言った。

 ウオくんの声に反応して、ふたり――っていう数え方で良いのかわからないけれど――の頭がひょこっと出てきた。

 片方は人間。もう片方は、魚だ。

「あら、人間じゃない。どうしたの?」

「街の外れで会ったんだ。ここ、初めてみたい。ほっといたら食べられちゃうから、一緒に来てもらったんだ」

「そうね。そろそろ夜になるし……。それで、お名前は?」

 女の人みたいな、ちょっと高い声をしている魚が、ぼくに向かってニコッて笑った。

 ぼくはごくん、って喉を鳴らして、どうにか声を絞り出す。

「カイト……です」

「カイトくんか。いらっしゃい。ここにいる間は、この家にいると良いわ。ウオ、いろいろ教えてあげてね」

「うん! ありがとう、ママ!」

 このお魚は、ウオくんのお母さんなのか。

 じゃあ、あっちの人間は、お父さん?

 魚と人間からは、魚が生まれてくるってことなのかな。

 それとも、男と女みたいな感じで、魚か人間が生まれてくるのかな。

 ぼくはウオくんの顔の中にお父さんの面影を探そうとして、人間をちらりと見た。全然似ている感じがしない。魚だから、魚の親に似たっていうこと?

 困惑しながらも、言われるがままに、リビングみたいな広い部屋にふたつだけある小さな石の片方に腰掛けた。

 この家の椅子は、これらしい。

 ウオくんと、ウオくんのお父さんみたいな人が話している間、ぼくはきょろきょろと部屋の中を見ていた。

 写真とかはないけれど、綺麗なサンゴやウロコ、シーグラスみたいなキラキラした欠片が飾られている。

「どうぞ。ウオとお父さんも」

 ウオくんのお母さんがニコニコしながら、お茶のカップを三つ、持ってきてくれた。

「あ、ありがとうございます」

 ぺこりと会釈してから、それをちびりと飲んでみる。

 あったかい。

 みんながお茶を飲みだすと、ウオくんのお母さんはすいすいとキッチンへと戻っていった。

 何か作業を始めたみたいだ。カチャン、カチャンという音の向こうに、ふんふんふ~ん、と鼻歌が聞こえる。

「ねぇねぇ、カイト」

 ウオくんに声をかけられた。

 ぼくはウオくんを見た。

 それから、視線を感じた方へと、視線を動かす。

 ウオくんのお父さんが、ぼくを見ている。

 ぼくはその視線に応えるように、じぃっと、ただ、見つめた。相手が微笑み視線を逸らしても、ぼくは見つめることを止めなかった。

 止められなかった。

 なんだかすごく、気になる。ぼくがここに居るのも不思議なんだけれど、この人間、どうしてここに居るんだろう――。

「私の顔に、何かついているかい?」

 見つめすぎたみたいだ。

 ふんわりとした笑みと共に、優しい声でそう問われた。

 ぼくは、いけないことをしてしまったと思って、あわあわした。

 何を喋ったら良いのか分からないけれど、何か言わなければならない気がして、悪あがくように口をパクパクさせた。

「えっと……」

「私もキミと同じ人間だから。困りごととかがあったら、気楽に話してね。力になれると思うから」

「あ、はい」

「私の名前は、ヒデトというんだ。ウオのパパ。血は繋がってないけどね」

「繋がって、ない」

「そう。私はウオの二番目のパパなんだ。私と妻の間には、人魚か魚人しかできないんだよ。ウオのように魚が産まれてくるには、ふたりとも人間以外でないといけないからね」

 なるほど、だからウオくんとの繋がりを見た目から感じられないのか。

 でも、なんでヒデトさんはここに居て、ウオくんのお母さんと夫婦になったんだろう。

「おーい、メイ。ちょっときてくれ」

 ヒデトさんがそう叫ぶと、廊下の奥で、大きなヒレがパシャン、と動いた。ヒレの持ち主がひょこりと目元までだけ顔を出す。

 それは間違いなく、人間の頭だった。その生き物は、人魚なのだ。ふたりのもとにやってきた、ふたりと血の繋がった、人魚だったのだ。

 メイという名らしい人魚は、何をいうでもなく消えた。

 ヒデトさんは、「ウオの妹のメイだよ。恥ずかしがり屋なところがあってね。慣れればよく笑うし、おしゃべりな子なんだけど」と笑う。

 ウオくんが「ちょっと暴れん坊なところがあるけどね」と呟くと、ヒデトさんがウオくんにデコピンをした。

 ヒレはデコピンされたところまで届かない。人間だったら頭を抱えるところだけれど、魚ってそういう悶え方をするんだ、と呑気に見つめて、ハッとした。

「だ、大丈夫? ウオくん」

「へーき、へーき! だけど、新しい友だちの前でやるのはひどいやい!」

「ごめん、ごめん。ついつい、いつも通りにやっちゃった」

「もう。少しくらい見栄を張ったりしてよね」

「そういうの、得意じゃないんだよ」

 ウオくんたちが、ケラケラ笑った。メイは、プッて笑って、ごまかした。

 ぼくは、お客さんの前で、いつも通りに振る舞うって、なかなかできない。どうしても、自分を飾っちゃう。こうしたら嫌われないかな、とか、こうしたら変かな、とか、いろいろなことを考えちゃう。

 

 ぼくも、ヒデトさんみたいに、なりたいな。

 いつか、なれるかな。



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