第5話
石の蹴り方なんて、教わったことない。
何となく、歩いたり走ったりするときみたいに、ポーン、って足を放るとき、石に足を当てているだけって感じがする。
ぼくは、女の子がどんな理由でぼくからそれを教わらなくてはならないのか分からなかったけれど、ちょっとやれば納得してくれるだろうと思って、お願いを聞くことにした。
なんとなく、できて当たり前みたいに思うことって、よく知る誰かに教えてって言いにくいと思ったから、っていうのもある。
ぼくは自分の鉛筆を「返して」とすら言えない弱虫だ。ぼくが石の蹴り方を知らなかったとして、クラスメイトや知っている人にそれを問うのは勇気が要る。
けれど、全く知らない、名前も分からないような子なら――勇気を出せば、言える気がした。
きっと、この女の子もそんな感じなんだ。これはあくまで、ぼくの想像でしかないから、本当にそうってわけでもないだろうけれど。
ぼくがここで石蹴りを教える理由付けとしては、これで十分だろう。
「わかった。でも、遅くなると心配されちゃうから、ちょっとだけね」
「やった!」
ぼくらは、そこら辺に転がっている石を蹴り始めた。誰かに当たるといけないから、ちゃんと周りを見てから蹴るんだよ、とか、いろいろ話しながら、コロコロと石を転がした。
女の子は、本当に石蹴りが下手くそだった。石蹴りどころじゃない。足を使うのが下手くそ。もしかして、足の病気とかあるのかな、なんて勘繰りたくなるほど、足を動かすことに慣れていない。
「あ!」
蹴る石を探そうとして、女の子が土手からゴロゴロ転がり落ちていった。
ぼくはびっくりして、土手から河川敷へと駆け下りた。普段、ここへは子どもだけじゃ来ちゃダメだよって言われている。
でも、今は緊急事態だ。言わなきゃバレないだろうし、バレたとしても、女の子を助けるためなら、きっと許してもらえるはず。
急いでいるっていうのに、背中が重くてバランスがとりにくいし、足を出すたびにドン、ドンって背中に当たって痛い。
だから、邪魔くさいランドセルを下ろして、その辺に放った。
急ぐ。女の子のもとへ、急ぐ。
「ねぇ、大丈夫?」
「いたたたた。……あっはっはっは!」
しばらく足や身体をさすって痛そうにしていた女の子が、急に笑い始めた。
どうしたんだろう、って思って、顔をのぞき込んでみる。ほっぺたが、ちょっと切れている。
「怪我してるよ。えっと、絆創膏……なんて気が利いたもの持ってないんだよなぁ。ねぇ、今日はもう帰ろう。お家で手当てした方がいいよ」
「んー」
「お家、どこ? この辺なんだよね?」
「うん。まあ」
「えっと、そのぅ」
「なに?」
こういう時って、送ったほうがいいのかな。知らない子と遊んだことなんてあまりないし、あっても怪我をしないからよく分からない。
これって、いつかぼくが悪者にされたりするのかな。ぼくのせいで女の子の顔に傷がついたことになったり、するのかな。
「ねぇ」
「は、はい!」
「家まで送ってよって言ったら、送ってくれる?」
「……え? まぁ、うん。この辺なんでしょ? それなら、一緒に行くよ」
怪我をした女の子を送ったから遅くなったと言えば、お咎めないだろうし。
「やったぁ。じゃあ、よろしく」
「それで、どっち? 橋に出たら、右? 左?」
「こっち」
言いながら女の子が、ぼくの手首を掴んだ。そのまま、女の子はぼくを、目の前の川に連れ込んだ。
ぼちゃん、と水の中に落ちた。
ぼくはびっくりして身体の中の空気をぜんぶ吐き出してしまった。見開いた目、大きくてキラキラした視界には、たくさんの泡が見えた。
ブクブクと泡が遠くへ行く。きっと、泡は水面へと上っていって、ぼくはどんどんと沈んでいっているんだ。
あーあ。大人たちが、「子どもだけで来ちゃダメだよ」って言うの、こういうことがあるからだったんだな。手首を掴まれているせいなのか、なんかいろいろ諦めちゃったせいなのか。
ぼくはただ、底へ、底へと抗うことなく沈んでいった。
いつものぼくなら混乱して、息の仕方を忘れてしまうような状況だっていうのに、なぜだか心は穏やかだった。
――穏やかだった。
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