第4話
次の日、学校へ行き、教室に入ると、隣の席の子が自分の筆箱を取り出して、ぱかっと開けたところだった。
ぼくは鉛筆を返してもらえると思って、隣の子をじーっと見つめた。そうしたら、
「どうしたの?」
「え」
「ん?」
「あの、さ?」
「うん」
ぼくは隣の席の子の顔と筆箱を、交互にチラチラ見た。
「その……なんでもない」
「へーんなの」
筆箱の中に、ぼくの鉛筆は入っていなかった。ってことは、道具箱の中に入っているのかな。
隣の席の子の筆箱の中には、裸でところどころ欠けている、ボロボロの消しゴムが入っていた。普段、人の消しゴムなんてまじまじ見ないから、知らなかった。今、知った。
でも、考えてみれば、当たり前なのかもしれない。みんな、消しゴムを投げて先生に怒られたりしているし。ぼくみたいに、大事に大事に使う人のほうが、珍しいのかもしれない。
ぼくのほうが、変なのかもしれない。
結局、ぼくは一日中、「鉛筆返して」と言えないまま過ごした。
すっかり忘れ去られているらしいそれが、ひとりでに返ってくるでもない。
ぼくが悪いのか。隣の席の子が悪いのか。
誰が悪いんだろう、と悪者探しをしながら歩く。
ぼくが言えばよかったんだ。そうすれば、忘れていたとしても、思い出して返してくれたんじゃないか。ほぅら、悪いのはぼくだ。
自分を悪者にしたら、なんだかスッキリした。
全部、全部、ぼくのせい。ぼくが悪い。
帰り道、いつも通る土手に差し掛かると、不貞腐れた心が「そこに転がっている小石を蹴りたい」と言うから、ぼくは心に従って、それを蹴った。
コロコロと転がるのは、最初のほうだけ。だんだん、茂る草がブレーキになって、それは止まってしまう。あーあ、……ぼくの息みたい。
もう転がらない石を、ぼうっと見ていた。あれがもし、川までたどり着いて、ぽちゃん、と水に落ちたなら。いまより少しは心が晴れたんじゃないかって思う。
ただ、いま自分は悪者で、だから全部を悪い方に捉えようとしているだけなのかもしれないけれど。
本当は、落ちなかったことは、いいことなのかもしれないけれど。
再び、家へ向かって歩き出す。
もう、今日は何もいいことがなさそうだ。それなら、さっさと帰った方がいい。そうしないと、事故にでもあいそうだ。
とぼとぼと歩いていると、階段が見えた。あの階段を上がって、橋に出て、右に曲がって、また歩いて――いつも通りを繰り返せば、家に着く。
「あ……」
さっそく、アンラッキーが降りかかってきたみたいだ。やっぱり、今日は全然いいことがない。
階段に、見たことがない女の子がいた。一番下の段にちょこん、と腰掛けている。
歳は――たぶん、同じくらい。へーんなの。同じくらいだったら、同じ小学校に通っているはずだっていうのに。
あれ、もしかしたら、私立の学校に通っている子なのかな。私立の子はいつも、帰ってくるの、もっと遅い時間だけどな。今日は振替休日とか?
階段は狭い。すれ違うことは問題なくできるけれど、あっちとこっちから一人ずつが限界。
どうしても横並びがいいのか、階段を塞ぐようにふたりで下ってくる高校生とかがいるときはいつも、ぼくはそのふたりが降りきるのを待つ。もっと広ければいいのに、とは思うけど、譲り合えばいいだけだし、そんな贅沢、通らないよね。
視線を少し上に動かす。これから下りてくる人はいないみたい。女の子の横を通り過ぎれば、問題なく橋へ行けるだろう。なんだか、ちょっと緊張するけれど。この階段を素通りしたら、次の階段はだいぶ遠い。へーき、へーき。横を通るだけ。
「ねぇ」
「ふぁ!」
なんとなく、ぺこり、と頭を小さく下げながら、そろりと隣を通ろうとしたとき。女の子に声をかけられて、ぼくは情けない声を出してしまった。
なんか、恥ずかしい。
ああ、今日は本当に、よくない日だ。
「な、なにか?」
「キミ、暇?」
「……え?」
「暇だったらさ、遊ぼうよ」
「いや、でも。お母さんに『まっすぐ帰って来なさい』って言われてるし」
女の子は、はぁ、と呆れたような息を吐いた。
「真面目すぎじゃない? 生きづらそう。キミ、さっき石を蹴ってたでしょ。あたしもそれ、やりたいの。教えてよ、蹴り方」
「そんなの、ただ蹴るだけだよ」
「その〝蹴るだけ〟っていうのがよく分かんないから、教えてって言ってるの」
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