2.死んでるバカ息子
あの大食漢の公雄が14時を回ってもキッチンに下りて来ない。
公雄は正真正銘のニートであり昼夜逆転の生活を送っていたが12時くらいには腹を空かせ1度はキッチンで飯を養豚場のブタのようにがっついていた。
なのに今日は降りて来ない。
公子は不自然に思ったが心の奥底では、どーか心不全でくたばっていますよーにと切に願っていた。
公子はこの日は惣菜コーナーのパートは休みだった。
和雄は朝早くから墓掃除に行っていた。
落ち葉を掃き墓石を濡らしたタオルできっちり磨き上げ樒と線香を供え墓前にお参りした。
どーか1日でも早くバカな倅が死にますよーに。
和雄は清々しい気持ちに浸り日課の100円パチンコに立ち寄った。
今日は御先祖様も俺を見守ってくれているはずだ。
今日は15000円くらいは儲かってもいいはずだ。
毎日負けている和雄だが今日は御先祖様という強力な神の加護が付いていると思い込んでいた。
和夫は意気揚々と100円パチンコの入口を通過し回転から6時間経った今も尚ドル箱は1杯も積んでいなかった。
何かがおかしい?
和雄が首をひねっていたその頃。
不自然に感じた公子は2階に上がり公雄の部屋の扉をノックした。
以前にノックをしないで部屋に入った際、公雄はオナニー中で気まずい思いをしたからだ。
「おふくろ、部屋に入る時くらいノックくらいしろよ」
公雄はずり降ろしていたエヴァンゲリオンのパジャマのズボンを引きずり上げながら激昂した。
それ以来、公子は公雄の部屋に入る際には必ずノックするようにしている。
公雄が寝ている際は音で分かる。
睡眠時無呼吸症候群の公雄は養豚場のブタよろしく!
いつも高鼾をしているからである。
公子は扉の先に耳を欹てるが中からは高鼾どころか何も音が聞こえてこない。
ヘッドホンを装着してオナニー中ということなのだろうか?
判然としない公子。
ヘッドホンを付けていれば扉を開く音も聞こえないはずだ。
それに意識はエロサイトの売女のAV女優に釘付けのはずだ。
公子は音を立てないように少しだけ扉を開けて中を覗き見た。
扉の位置からはベッドが見える。
あ、あれ?
公雄は寝ている。
目を見開き天井を真っ直ぐ見ている。
高鼾はしていない。
し、死んでる?
公子の胸は高鳴った。
心臓が恐るべき心房細動のように早鐘を撃つ。
公子は小さな声で公雄に話し掛けた。
「き、公雄、あんたどうかしたのかい?」
何も反応は無い。
公子は扉を開きそろりそろりと公雄に近付きベッドの傍らまで来ると公雄の肩を揺さ振った。
し、しんでる!
キャッホー!
公子は小さくガッツポーズをした。
公子はあまりの嬉しさに狂喜乱舞し志村けんの変なおじさんを公雄の死体の傍らでついうっかり踊ってしまった。
こいつめ、あたしが額に汗して稼いできたお金をメイドカフェソープなんかで浪費しやがって。
公子は公雄の横っ面をひっぱたいてやりたい衝動に駆られるが己を自制し和雄に電話をかけようとすぐさまキッチンに下りて行った
。
動揺する訳でもなくらくらくホンを操作し和雄に電話する公子。
その頃、和雄は15000円儲かるつもりが虎の子の年金18000円を散財してしまい帰り支度を始めていた。
公子からの電話に出る和雄。
公子は開口一番に言った。
「お父さん、とうとうあいつが死んじゃったよ」
和雄は驚く訳でも無く満面の笑みを湛え公子に言った。
「そうか、母さん、なんて目出度い日だ。母さん、スシ漏に電話して上にぎりを2人前ちゅうもんしといてくれ。あー後スーパードライのロング缶も5本ばかし冷やしといてくれ。よーし今日は飲むぞー」
公子は和雄との電話を終えるとスシ漏に電話し錠にぎりを2人前注文してから119に通報した。
「もしもし、む、息子が息をしていないんです。す、すぐに救急車を1台お願いします。住所は秋葉原1-9-4、せ、世帯主は漆原和雄です。お、お願いします」
迫真の演技だった。
アカデミー賞最優秀主演女優賞も目から鱗の名演だった。
公子はキッチンの上のクールを1本抜き取り火を点けると大きく肺に煙を取り込み鼻から大きく煙を出した。
紫煙がキッチンを揺蕩う。
5分後救急車が玄関前に横づけされて30~40代と思わしき隊員が速足で家内に入り公子に尋ねる。
「息子さんは?」
「2階です」
時を同じくして和雄のおんぽろ軽自動車が帰って来た。
公子も和雄も息子の身を案じる振りを迫真の演技でやってのけている。
彼らが旅一座だったらそこそこ健闘していただろう。
救急隊員は公雄の脈を取り呼吸の有無を確認し心臓に手を当て鼓動の有無を確認した上で心肺蘇生を試みた。
2度3度とアタックを試みるが無駄だと判断し傍らで固唾を呑んで見守っている振りをしている公子と和雄に残念そうに首を振った。
「残念ですがお亡くなりになっています」
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