宇宙の果から盆ジュール
Jack Torrance
1.宇宙人と盆ジュール
8月15日、終戦記念日。
あの傷ましい敗戦から79年。
寝苦しい夜だった。
時刻は深夜2時を回っている。
世の人々は亡くなった御霊に哀悼の意を捧げているのに漆原公雄は趣味のアマチュア無線に興じていた。
公雄はニートで45歳にもなって親の脛をかじり働く意欲は全く無い。
社会不適合者の公雄だが食欲、物欲、性欲に関しては一向に衰退を感じさせない。
人生の折り返し地点を疾うの昔に迎え棺桶に向かって猫まっしぐらの公雄だが欲望と言う名の煩悩に流されるがまま毎日享楽に興じていた。
無限の食欲。
メタボリックシンドロームの公雄は高血圧、高血糖、歯周病と俗に言う生活習慣病という疾患にもかかっているにも関わらず公雄の辞書には節制と言う文言は掲載されていない。
フィギア収集、アニメ鑑賞、アマチュア無線、インターネットの無料エロサイトでのオナニー三昧という体たらくぶりをいかんなく発揮していた。
母親の公子(68歳)の財布から金をくすねては秋葉原のメイドカフェソープに行き公子がスーパーの惣菜コーナーで時給1020円で額に汗して稼いできた僅かばかりのパート代を散財していた。
公子と父親の和雄(71歳)はメイドカフェソープで腹上死してくれと心の底から願っていた。
身長165cm体重90kgの公雄にとって目前の腹上死は満更な話ではないことを公子と和雄は熟知していた。
和雄は僅かばかりの年金から公雄が死亡した時に2000万受け取れるように毎月3580円の保険料を支払っていた。
和雄はカズオ イシグロのファンだったが和雄の本質は和雄原黒だった。
早く死ね、早く死ね。
公子と和雄は死んだ両親の仏前に供え物と線香を欠かしたことはない。
おはぎと線香をお供えしてリンをチーンと鳴らし手を合わせ心の底で成就を願う。
速くバカな倅がしみますように。
和夫はネットで青酸カリやトリカブトによる毒殺方法を検索していたが実行までには至らなかった。
どーせばれてしまうからだ。
それに突然死じゃないと保険金は入ってこない。
公子と和雄はもう一度リンをチーンと鳴らしお参りした。
バカな倅が1日でも早く死にますよーに。
両親の切実な願いはどこへやら…
公雄はメイドカフェソープの待合室で知り合ったトラックドライバーの関岡陸斗と波長が合い互いがアマチュア無線にはまってるのを知ると深夜の関岡の配送中によくアマチュア無線でメイドカフェソープの梓ちゃんについて語り合っていた。
関岡は公雄より7つ年上だ。
公雄は関岡のことを関さんと呼び関岡は」公雄のことを公ちゃんと呼んでいた。
「公ちゃん、昨日の梓ちゃんは積極的でめっちゃたまんなかったぜ。俺m、1時間延長しちまったよ」
「えー、マジっすか、それめっちゃたまんないっすね。俺も一昨日、店行った時2時間で3回もフェラで抜いてくれたんすよ。あれは極楽だったなー」
他愛もない会話を重ねていると公雄の無線機が受信したことのない周波数の電波を傍受した。
見ず知らずの他人との会話がアマチュア無線の醍醐味である。
公雄が関岡に言った。
「関さん、俺違う電波傍受しちゃったんでここらへんでお開きでいいっすか。では、お疲れでーす」
関岡が煙草の吸いさしを灰皿で押し潰しカンコーヒーをぐびっとやって答えた。
「おう、公ちゃん、俺もこっから荷下ろしして帰りの荷積んだら新しくめっけた人妻ソープ寄って帰kっからよ」。今度、その話ししてやるよ。じゃーな公ちゃん」
公雄は新しく傍受した周波数につまみを切り替えて話し掛けた。
「ハローハオー、こちら周波数76,2ヘルツ、コードネームは公ちゃんです、どうぞ」
公雄が手慣れた口調で会話を始めた。
すると今までアニメの中で聞いたような機械的な声が聞こえてきた。
「盆だけに宇宙の果から盆ジュール!パリオリンピックだーけにー、なんちゃって、ウキャキャキャキャ。わーたーしーはー宇宙人だッ!よーん、ウキャーキャキャキャ」
公雄はまた」いつものおかしな奴の部類だなと内心ほくそ笑んだ。
こういったおかしな連中は暇潰しに持って来いだ。
「はーい了解、」宇宙人さん。で、どこに住んでんの?」
「マーズホテル(注釈、火星ホテル)グレイトフル デッドのアルバムに『フロム ザ マーズホテル』ってあるでしょ。マーズホテルからアマチュア無線してるの」
公雄が調子に乗って尋ねる。
「じゃーあんたは火星人なの?」
宇宙人が即答する。
「いいや、だから僕は盆ジュールって言ってるでしょ。だから僕はフランス人、ウキャキャキャキャ。ところで、あんた一昨日メイドカフェソープでカウパーパリパリオリンピックしてたでしょ、ウキャキャキャキャ。梓ちゃんて女の子に『御主人様、おちんぽ気持ちいいですか?』って言われながらジュールジュールでジューポジューポとポコチン吸われてたでしょ、気持ち良かった?ウキャキャキャキャ」
公雄はぎくりとした。
「ど、どうしてそれを知っている」んだッ!」
宇宙人はポール マッカートニーの真似をし陽気な感じで歌い出した。
「ヘイ ジュール ドント メイク イット バッド~」
公雄は戸惑いながらも突っ込んだ。
「ジュールじゃなくてジュードだろ」
宇宙人は笑った。
「ウキャーキャキャキャ、おもしろいでしょ!今の突っ込みサイコー!暑いから今から君の家にダイエットコークを差し入れしてあげるよ。ちょっと待ってて」
15分後。
玄関の呼び鈴が鳴った。
公雄は両親に気付かれないようにそろりそろりと玄関に向かった。
そして恐る恐る扉を開いた。
そこにはイカとタコとヒラメとピラニアをミキサーでごちゃ混ぜにしてチンパンジーのエッセンスを加えたようなデフォルトの宇宙人がセブンのレジ袋に入ったダイエットコークを持って立っていた。
宇宙人は言った。
「ヘイ ジュール、盆だけに盆ジュール。これを飲んで暑い夏を乗り切ってくれ、ウキャキャキャキャ」
そう言うとレジ袋を差し出した。
公雄は礼を述べる。
「あ、ありがとう。ジュールじゃなくて公雄だけど…」
宇宙人は人差し指らしきものを突き出した。
公雄はきょとんとした。
宇宙人は言った。
「ほら『ET』のあれだよ。宇宙人と別れる時はやるに決まってるじゃん。ほら、あんたも人差し指を突き出して」
公雄は言われるがままに人差し指を突き出して『ET』のあれをやった。
宇宙人が尾崎紀世彦の真似をし口ずさんだ。
「また逢う日までー逢える時までー
別れのそのわけは話したくない
なぜかさみしいだけ
なぜかむなしいだけ
たがいに傷つきすべてをなくすから
ふたりでドアをしめて
ふたりで名前消して
その時心は何かを話すだろう」
公雄はくすっと笑った。
宇宙人は指笛を吹いた。
公雄は宇宙船が迎えに来ると思った。
するとどこからともなく現れたホームレスのおじさん。
ホームレスのおじさんはガラガラと空き缶集め用のショッピングカートを押していた。
宇宙人はショッピングカートに乗り込むとホームレスのおじさんに行き先を告げた。
「マーズホテルまでひとっ走り頼む」
公雄は宇宙人の背中を見送った。
60mほど先の十字路を宇宙人は左折した。
公雄は玄関の扉をロックしそそくさと2階に上がっていった。
ダイエットコークはまだきんきんに冷えていた。
公雄はペットボトルの封を切りゴクゴクと一気にダイエットコークを胃袋に流し込んだ。
「ぷはー、ゲプッ」
公雄は」思いっきりゲップをしてからエアコンの設定温度を20度にして床に就いた…
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