第19話 一途なギャルと臆病な捻くれ者。
色気のある無防備な肩。
艶めかしい腰のライン。
下着では隠せない丸みを帯びた
目を逸らそうにも今から広がっているその肌色を拭いてあげなければならない。
厚さ1ミリ程度の汗ふきシートではどうしたって河合さんの柔らかな肌の感覚は伝わってくるだろう事は容易に想像できてしまった。
「……じゃあ、拭きますよ」
「うん」
背中を向けているので、河合さんの表情はわからない。
そうでなくたって熱中症の何歩か手前の状態で頬が赤い河合さんの表情を読み取れるほど僕は河合さんの事は知らない。
「んんっ」
「へ、変な声出さないで下さいよ……」
「だって、自分で拭くのと誰かに拭いてもらうのじゃ、全然違うし」
汗だくだったパジャマを脱いだからか、さっきよりもずいぶんと楽ではあるのだろう。
さっきよりも受け答えはしっかりしている。
……むしろ僕の方がきごちない。
河合さんの色気と匂いにのぼせたのだろうか。
「……ひとつ、聞いてもいいですか?」
「なに? しょーくん」
河合さんの柔らかな肌をシート越しになぞりながら聞きたかった事を聞くことにした。
頭を使っていないとおかしくなりそうでもあった。
「どうして、外に居たんですか?」
河合さんの言ったことに対して、僕はそれを拒絶した。
受け入れられなかった。怖かった。
そんな事があるはずはないと思っていたし、今だってその疑念は抱えたままだ。
「あたしのせいで、しょーくんが怯えてたから。……だから、ひとりにさせたくなくて」
背中を向けたまま、それでも僕の方を向いて河合さんは優しく微笑んでそう言った。
鎖骨の陰り具合にそこはかとないエロスがあった。
「でも僕は……」
僕は河合さんを傷付けた。
傷付けただけだった。
僕を
あとはどこを疑えばいいのかすら今の僕にはわからない。
疑って、怖がって、考えて。
それでも河合さんは今僕の目の前にいる。
「しょーくん。覚えてる? その傷の事」
「……傷?」
「うん」
河合さんは僕の方に体を向けて、僕の額からこめかみにかけてを優しく撫でながら聞いてきた。
撫でてくれるその手に
「あまり、憶えていないですね。小さい頃に怪我をして、視力が落ちたとしか記憶してません」
「あたしはね、憶えてるんだ。あたしを助けてくれたんだよ」
話を聞けば大したことはなかった。
集団下校の帰り道に、飛び出してきた車に気づいて河合さんを助けたらしい。
けれどその時転んだ時にアスファルトの地面に頭をぶつけたらしい。
幸いにも車に轢かれたわけではなかったし、何針か
そういう話だ。
「あの時助けてくれた。そしてあたしはその子の事をしょーくんと呼んでいた。あたしが憶えている事はそれだけで、それがあたしの初恋の人の記憶」
ずっと探していたのだという。
事故の後にお互い卒園して、違う小学校と中学校で、だから記憶は少しずつ消えていった。
僕は河合さんと仲良くしていた記憶はない。
そんな昔の話を憶えていられるほど平和な日々ではなかったから。
「ねぇ、しょーくん」
「はい」
河合さんは僕の頬に両手で触れて、真っ直ぐに僕を見た。
それでも僕は河合さんを直視できなかった。
「あたしの事、ちゃんと見て」
「……」
逸らした目を1度閉じて、改めて前を向いた。
真っ直ぐに僕を見る河合さんの瞳は綺麗で、逸らしたくないとすら思った。
そんなに優しくあたたかい目で僕を見てくれているのだと、今更わかったのだ。
「まあ、こんな格好だし、恥ずかしいけど……しょーくんになら嫌じゃない、から……」
なんとなく、人の顔をなるべく直視しないように生きてきた。
河合さんの目元に小さなほくろなんてあったんだなぁとか、近くで見てないと気付けないこととか、色々あるのだと知った。
「しょーくんがひとりでまた怯えちゃった時、その時あたしはしょーくんの傍にいたい。だから、ちゃんとあたしの事を見てほしい。知ってほしい。忘れないでほしい」
僕の頬に触れたまま、河合さんは僕の額におでこをくっつけた。
それじゃちゃんと見れないよ、なんて言えるはずもなくて。
「ねぇ……しょーくん」
わずかに触れる鼻先がくすぐったい。
もう少しすれば交わりそうな唇。
河合さんの熱に溶かされてしまいそうになる。
僕の名前を呼んで、くっ付けていたおでこが少し離れた。
その事に名残惜しさを感じてしまった。
しかし河合さんがゆっくりと目を閉じた。
それの意味する事を流石の僕も察した。
だけど今の僕にはできなかった。
今の河合さんにそれをしてしまうのははばかられた。
「……して、くれないの?」
僕の葛藤を察したのか、河合さんは目を開けて切なそうにそう問うた。
目の前の河合さんがどうしようもなく愛おしいと感じてしまう。
とても綺麗で、儚くて、繊細で。
「……まあ、その……なんていうか、この状況ですると、理性がぶっ飛びそうで怖いと言いますか……」
下着姿の好きな人。
こんな状況でキスをして、自分はそれで留まれるのだろうか?
家族じゃない他人に受け入れられて舞い上がって、人としての愛情みたいなものと同時に湧き上がる欲求の混同する今の自分から理性が溶けてなくなったらどうなるのだろうかと恐怖した。
ただでさえ熱を帯びた河合さんに無理をさせてしまうような事をしてしまうかもしれない。
ずっとどこかで孤独で、それがそうでなくなったという喜びは僕をどう変えてしまうのだろうかと考えた。
恋は盲目という。
きっと歳を重ねて落ち着いた恋をしたなら、盲目的にならずに済むのかもしれない。
けれど、そんな経験を積んでいるわけでもない今の僕に河合さんを傷付けずにくちづけをする事ができるだろうか。
「……僕も一応、漢なので……」
「……っ?! えっち!!」
河合さんは今の自分の姿を思い出したのか顔を真っ赤にしてどうしようもない肌色を隠そうとした。
濃厚なメスの匂いは僕の鼻を
今更な話ではあるし、どうしようもないのだが、だからこそ今僕は耐えなければいけないのである。
「だからその……ちゃんと河合さんが元気になったら、チャンスを下さい」
きっとこれは初めて手にした宝物だ。
だから壊したくない。
だから
どうすれば優しく触れられるのだろうかと迷うだろうから。
傷付けたくなくても傷付く事もあるだろうから。
臆病だと笑う者もいるだろう。
けれど、間違えたくない。
「うん。わかった」
「すみません」
「べつに今更だし。あたしはあの時からずっと探して待ってたし」
笑顔でそう答えた河合さんは眩しかった。
そうしてふたりでなんとなく笑った。
☆☆☆
「送ってくれてありがと」
「いえ、僕のせいですし」
あの後は着替えさせて水分補給と経過観察をしてある程度回復したので河合さんを家まで送ることにした。
辺りはもうすっかり夕暮れ時になってしまっていた。
「じゃあ、またね」
「はい」
自宅へ戻ろうと玄関のドアノブを握った河合さん。
揺らめく髪の毛先は夕陽で煌めいていた。
「河合さん」
「ん?」
なんとなく、呼び止めてしまった。
それでも河合さんは笑顔で振り返った。
「信じても……いいですか」
僕は何を聞いているのだろうと思った。
失礼だと思うし、河合さんを困らせてしまうだけなのに。
でもたぶん、やっぱり怖いのだろう。
信じたいと思えば思うほど、その反動は大きく僕を殴り付けてきた。
わかっている。言い訳だ。
「しょーくんが信じ続けていられるように、ずっと傍にいるよ」
河合さんはそう言って僕の方に歩み寄って僕の手を取り、互いの小指を絡ませた。
「てかむしろ、ちょっとやそっとであたしが愛想尽かすなんて思わない方がいいよ? こう見えて結構一途ですから?」
逆に挑発されてしまったような気がする。
けれどその妙なドヤ顔はどこか新鮮だった。
「それは頼もしいですね」
「ふふんっ。でしょ?!」
そう言って河合さんは胸を張って不敵な笑みを浮かべた。
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