第15話 河合さんのお泊まり②
深夜2時。
僕らはまだゲームをしていた。
もちろん頭ピンクな展開なんてものはなく、ひたすらいつも通りである。
「……お腹、空きましたね」
「空いたね……」
今日はお互いに夜更かしをしようと決めていたので、当然寝る訳にはいかない。
ある種の合宿ですらあるこの夜において、眠るなんてのはあってはならないらしい。
「個人的には夜食でも食べたいところですが、勉強はおろか宿題すらしていないのに夜更かしをして夜食なんてのは罪深いにもほどがありますよね……」
「う、うう……オタ君、それはあたしにめっちゃきくからやめて……」
「そうですよね。河合さんなんて宿題を進めていないだけでなく、愛人作りにうつつを抜かす夜更かしですもんね。それは効きますわ」
「ぐはッ!!」
未だ色違いタトゥーマキャロンのケツを追っかけている河合さんにも罪悪感はあるらしい。
良かった。まだ人間のようだ。
「で、でもあれじゃん? 腹が減っては戦ができぬって言うじゃん? 乙女の恋は戦なんだよ、うん。だからここは諦めて夜食を食べよう」
「うちには高性能な体重計がありますので楽しみですね」
「あたしの体重とか絶対教えないからね?!」
深夜の葛藤からか苦悶の表情を浮かべつつお腹を鳴らす河合さん。
たまに朝から母親の発狂が聞こえて来ることがあるが、河合さんはどんな声を上げるのか楽しみではある。
「まあ、夜食を食べるのは僕も賛成ですが、すぐに食べられそうなのはカップ麺くらいしかないですよ?」
「食材使っていいならあたし作るよ?」
「ではせっかくですし、お願いしてもいいですか?」
「まかせてっ!」
河合さんはショコランパジャマのしっぽを愉快に揺らしながらリビングへと歩いていった。
僕も続いてリビングに向かい、何がどこにあるかの最低限の説明をした。
人によってはキッチンは主婦の聖域であり、立ち入り禁止にすらなっているらしいが、うちはそんなことはない。
父親も母親も料理はできるが、そこまでのこだわりはないらしい。
どちらかと言えば食べられる物を作れればそれでいいらしい。
「今日はこんな事もあろうかエプロン持ってきてたんだよね」
「……結局夜食食べる気で来てたんじゃないですか」
「そんなことよりも、どう?! 可愛い?」
「…………可愛いですよ。けど」
「けど?」
河合さんが持参したエプロンは腰巻きタイプのエプロンだった。
それゆえか、どうしても「新妻感」はない。
「なんかあれですね、パケモンのハピネスみたいになってます」
「なっ?!」
ダボッとしたパジャマに腰巻きのエプロン。
なんか既視感あるなぁと思ったらやっぱりそうだ。
そんなハピネスさんが深夜2時に夜食を作ってくれるとはなんとも愉快である。
「い、いやいやいや?! 違うじゃんエプロンの色合いとか?!」
「そりゃまあ違いますけども」
「全っ然似てない!!」
「いやでも、可愛いですよ?」
「絶対バカにしてるよね?!」
ぷんすか怒る河合さん。
べつにバカにしているわけではないのだが、どうやら河合さんはお気に召さなかったらしい。
パケモンのハピネスは幸運を呼ぶパケモンと言われていて、倒すとかなりの経験値も得られるお得なパケモンである。
だが出現率は悪く逃げ足も早いので倒すのは難しく、捕獲だとさらに難易度は上がる。
それなりの対策をしなければ難しい。
「それで、ハピネスさん。今日は……」
「むっすー」
あ、河合さんがいじけてる。
……これはこれで可愛いんだが、お腹空いたので早く夜食作って欲しい。
「河合先生、本日のお料理は」
「ふふんっ。今日の夜食はね〜」
胸を張ってドヤ顔をする河合さんだったが、しかし食材を全く把握していないので慌てて僕に断りを入れて冷蔵庫を開いた。
冷蔵庫って謎の聖域感あるよな、なんでなんだろうか。
まあでももし僕がひとり暮らしを始めたとして、他人が我が物顔で勝手に冷蔵庫を開けて漁り始めたら嫌だなぁとは思う。
たぶんだが、それが当たり前というかのように冷蔵庫を開けるというのは生活者の生活感みたいな認識が無意識にあるのだろう。
……全くの偏見だが、河合さんみたいなギャルはその辺が雑そうな認識だったのだが河合さんはわりとその辺しっかりしているようだ。
わりといいお嫁さんになるんだろうなぁ、とか思ってしまった。
「チャーハンだね」
「無難なチョイスですね」
「分かってないなぁオタ君。メジャーであり、わりと誰でも作れるからこそ腕がよくわかるんだよ?」
「では河合先生のお手並み拝見」
「ふふん。あたしに惚れるなよ?」
まあ、もう既に好きなんですけどね。
手遅れです。
とかそんな事は当然言えるはずもない。
言う気もない。
勝ち目のない勝負なんてしない。
僕のそんな気持ちも知らずに河合さんは「お! ガスコンロじゃん!!」と嬉しそうに料理を始めた。
うちのキッチンにおいて、父と母で揉めたらしいガス・iH問題。
母親は掃除が楽だからという理由でiHを押し、父親はガスコンロがいいとひたすら主張したという。
うちの父親はチャーハンにはうるさいのである。
てか父親の部屋には父親専用の中華鍋がある。
なんでも小さい頃に食べたパラパラなチャーハンが好きで自分で作るようになったらしい。
なので僕もそれなりのチャーハンは食べてきているのである。
僕が河合さんの事を好きだからと言って、そんじょそこらのチャーハンを出されたって満足はしないだろう。
ことチャーハンにおいては僕は舌が肥えていると言っていいだろう。
「はいお待ちっ!」
「う、美味そう」
「でしょ?」
深夜2時のこの時間に放っていい香りではなかった。
あまりにも食欲を刺激する焦げた醤油とごま油の香ばしさ。
夜食という事もあり、冷凍米と卵、それとネギだけのシンプルさであるにも関わらずこのクオリティ。
正直舐めていた。
シンプルなチャーハンでここまで腕が確かだとわかるほどのものを作ってくるとは思ってなかった。
「どうぞ召し上がれ」
「頂きます」
スプーンでチャーハンの山を掬った瞬間に湯気は立ち上がり、中に篭っていた旨みの香りはさらに追い討ちをかけてきた。
河合さんが僕をじっと見つめてくるのも構わずチャーハンを口に入れた。
香ばしい香りに負けない旨みが口に広がった。
味付け自体は醤油と塩・胡椒だけのはず。
それなのにどうしようもなく食欲を掻き立てる刺激的な味だった。
米を噛む度に旨みは増していく。
1粒1粒の米にしっかりと味が染み込んでいて、冷凍米だった事を忘れるほどの弾力とほのかな甘み。
チャーハン特有のパラパラな米たちも旨みを口の中全体に効率よく広がっていくためのものだとわかる。
「ふふん♪。どうよ?」
「結婚して下さい」
「はぁっ?! ちょといきなりはアレだし?! まずはお付き合いとかかr」
「いやこれマジで美味い。なんなら父親のより美味いかもしれん」
「いつも敬語だったのに外れてる?!」
もし僕が今受験生で勉強の合間にこのチャーハンを出されたら相当やる気が出るだろう。
なんなら金を出しても食べたいくらいである。
ラーメンやチャーハンなどの料理を熱狂的に好きな人は世の中いるわけだが、1品でここまでの魅力が詰まっていると考えるとそれも納得と言える。
「ご馳走様でした……美味かったぁ」
「お粗末さまでした」
両親が忙しくなってからはあまり食べる機会の減った手料理だったが、河合さんの作ったチャーハンにはハマりそうだ。
食べ終えてもなお口の中でチャーハンの余韻が残っていて名残惜しいとすら感じる。
「また食べたいな……」
「今度また作ってあげるね」
「お願いします」
「素直でよろしい」
いやもうほんとに、河合さんに嫁になってほしいと切に願わずにはいられない1品だった。
やっぱ料理できる女の子っていいよね。
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