第12話 夏はパケモンっ!! ②
「なんかさ、映画館ってわくわくするよね」
「そうですね。僕も昔はそうでした」
今よりも小さな体の僕にはこの大画面はずいぶんと大きく贅沢に見えていたのだろう。
怪我で視力が落ちる前の記憶だから、何を見たのかは覚えていないけど、暗い中で待ち受ける期待感は確かにあったように思う。
今はただメガネを掛けて大画面を見ることは
隣に河合さんがいるからまだ楽しい気持ちもあるのは救いと言えば救いだろうか。
「始まるね」
「そうですね」
子どもみたいに瞳を輝かせる河合さんを横目に僕も大画面へと視線を移す。
きっと大人な人たちのいわゆる「デート」なら、パケモン映画ではないのだろう。
しっかり着飾ってオシャレして、男と女として互いに意識したりもするのだろう。
けれどもそういう事はない。
だけどそれでもいいと僕は思えた。
ほんの少しの、長い夢だ。
楽しいひとときだ。
たぶん後にも先にもこんな事はないのだろうから、今この河合さんの隣に居られる事を想い出にしようと思う。
僕は捻くれ者だから、これでも素直な気持ちな方だと我ながら思えるくらいには奇跡そのものと言ってもいい。
☆☆☆
「面白かったね!」
「久々にパケモン映画観ましたよ」
ゲームはよくやっているが、映画を観ることはあまりない。
そんな僕が誰かと一緒に観ることになるとは思っていなかった。
高校生になって改めて観てみると、意外としっかり出来ているのだと思った。
「主人公の初代相棒のメガニャームちゃんが助けに来てくれるシーンとか激アツだった!」
「メガニャームは主人公の事大好きですからね」
「個人的にはルティオスとルティアスの話が1番好きではあるんだけどね」
「人気作ですからね」
「ルティアスが人になってキスとか、興奮した♡」
なるほど、河合さんもあのシーンに性癖を歪まされた子どものひとりだったわけですね。
まあ僕もそうだけど。
世の中にはルティアスを始め、遊戯厨のホワイトマジシャンガールなどで幼少期に性癖が歪む子どもたちが一定数いるのである。
大人たちの作ったこの罪は非常に重く、そして僕は感謝を伝えたい。
お陰は僕の嫁はサーニャイトさんですはい。
「てかオタ君、なんかテンション低くない?」
「メガネ掛けて映画観ると頭痛がするんです。いつもの事なので慣れてます。家に帰って頭痛薬でも飲めば治ります」
「そうなの? ごめんね。どっかで休んでく?」
「いえ、そのまま帰った方が早いですから」
自宅まで1駅だし、休む必要はない。
熱があるわけでもないしただの画面酔いだ。
頭痛と吐き気を耐えれば問題は無い。
しかしこの夏の暑さにはやはり堪える。
「あそこに漫喫あるし、そこで涼んでこ? あたし頭痛薬持ってるし、お薬飲んで休んでから帰ろ?」
「いやでも」
「フラフラじゃん」
「……はぃ」
結局僕らは漫喫に寄る事になった。
河合さんに手を引かれている自分が情けない。
漫喫に入ると涼しくて、それだけでもずいぶんと楽になった。
「とりまお薬ね。自分で飲める?」
「……飲めますよ」
「飲ませてあげよっか?」
「子どもじゃないですよ」
河合さんって意外と面倒見とかいいんだなぁとか思いつつ渡された薬を飲んで休もうとすると、河合さんが隣に座ってきて何やら言いたそうにしつつ自身の太ももを手でぺちぺちと叩いていた。
何をしているのかよく分からなかった。
「膝枕したげる」
「……いや、大丈夫です」
そんなの恥ずかし過ぎて死ねる。
ワンピースの布越しでもわかる軟らかな河合さんの太ももの誘惑は多感な男子高校生たる僕にはあまりにも刺激が強いのではないだろうか?
そもそもこんなシチュエーションが僕の人生に訪れる事すら諦めていたわけで、唐突に言われるやはりどうしたって動揺してしまう。
童貞乙wとか言われても仕方がない。
しかしそんな僕の事も知らずに河合さんは僕の方に両手を伸ばしてきた。
「いいからいいから。ほれほれ」
結局されるがままに肩を掴まれてゆっくりと河合さんの太ももに
女の子の軟らかさが頭部から優しく伝わってくる。
「ゆっくり休んでて」
「……はい」
薬のせいか、それとも河合さんの優しさのせいか。
安心感が全身を包むように眠くなってきた。
河合さんが頭を撫でてきて、まるで主人の膝で丸くなる猫にでもなったようにすら錯覚した。
快適で心地よくて、そのまま死んでもいいとすら思う。
段々と意識が遠くなっていく中で、河合さんの話す言葉すら子守唄のようで聞き取れなくなってきた。
「今度はあたしが、助けられるようになるから」
なんの話をしているのかわからなかった。
まどろみの中で自分が誰かを助けた事があるかどうか考えた。
しかし眠気には勝てず結局目は閉じられた。
きっと人違いだろう。
僕が誰かに助けられる事はあったとしても、誰を助ける事はできない。そんなに強い人間なんかじゃない。
河合さんの言ったことを否定する気力すらなく、そのまま眠りについた。
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