第10話 夏ですって。

「夏だよっ!! オタ君っ!!」

「あ、はい」


 夏というか、夏休みである。

 夏休み初日から僕の家に入り浸る河合さんの元気に気圧けおされてしまう。


 今年の夏も暑いからか、河合さんはずいぶんとラフな格好である。

 眩しいくらいの太ももが見えるショートパンツに片方の肩が見えるオーバーサイズのTシャツには「ショコランLove」とプリントされている。

 健康的な肩にはしっかりと見える黒のキャミソールであり、キャップでも被ればストリートダンサーっぽくもあるファッションである。


「夏が来ても、僕には対して関係ないですよ。いつも通りゲームをするだけですし」

「引きこもりかっ!!」

「いや、僕のベッドに寝っ転がりながら僕と同じくパケモンやってる河合さんに言われたくないですよ」


 なんならクーラー効かせてるから快適以外のなにものでもないこの部屋である。

 引きこもり万歳。


「というか河合さんは他のクラスメイトたちと遊びに行ったりはしないんですか?」

「だいたいみんなバイトしてるし、たまには遊ぶかもだけど」


 うつ伏せで寝転がる河合さんの胸元に目が行かないように反対側を見ながらパケモンをする僕としては、河合さんが居ない方が心の安寧を保てるので是非とも遊びに行ってほしいのがそうもいかないらしい。


 僕も男なので、そんな無防備な格好でゲームをしないでほしいのだが、河合さんからしたら僕を男として認識してないのだろう。

 だから無防備で無警戒なのだ。


 こういうのは困る。

 どうしていいか、わからないから。


「友だちはそうだとしても、彼氏さんとか居ないんですか? 普通の年頃の女の子ならいるでしょうに」

「そっくりそのままお返しするよオタ君」

「……僕は陰キャなので」

「あたしはべつにパケモンできたらそれでいいし、そんなに彼氏とかほしいとか思ってないからね」


 河合さんが恋にうつつを抜かしてくれていれば、この関係性だってなくなるばす。

 しかしそれを望まないのであれば仕方がない。


 今の僕には名前を付けずにいる感情をそのままにしているだけで、この感情の名前はもう気付いている。

 だけど見ないようにしているだけだ。


 僕はほんと、単純な生き物だなと自分に幻滅する。


「はっ?! こ、これは……!!」

「どうしました?」

「オタ君、デートしようっ!!」

「……は?」



 ☆☆☆



「……暑い」

「ほんとに暑いよね!」


 そんなことだろうとは思っていた。

 期待なんてしていない。してなんかない。


 河合さんは意気揚々とパケモンのスマートフォンアプリゲームの「パケモンLet's」で街を歩き回っている。

 世間も夏休みになったという事で運営が夏休み企画として色違い確率アップの大量発生イベントを催したのである。


 僕はLet’sの方はやってない。

 理由は歩き回るのが大変だし遠くだと交通費などのお金も掛かるからである。


「というか河合さん、そっちの方もやってたんですね」

「もちっ」


 最近の若い子は元気があっていいねぇ。

 儂は暑さに弱くてのぅ。


 てかほんとに暑い。

 なに? 殺す気なのかお天道様は?

 干からびちゃうよほんとに。


「着いた」

「それで? 今回狙っているパケモンは?」


 到着したのはどこにでもあるような公園である。


「そりゃもちろんショコランたゃん。まあ、正確にはその進化前の大量発生なんだけどね」

「ですよね……」


 いやどんだけ好きなんだよ……

 この暑さの中で嬉嬉として大量発生イベントに参加するほどなのかよ。

 まあ知ってるけどさ、ショコラン好きなのは。


「……じゃあ、終わったら声掛けて下さい。僕はここでミイラごっこでもしてますから」

「いやいや、オタ君にも手伝ってもらうから」

「え、いや僕はやってな」

「だから早くアプリ入れて?」

「……はい」


 目がマジだった……。

 ショコランへの愛が重いんだよなぁ。


 そうしてアプリをインストールさせられてショコランの進化前のショコモの色違い厳選が始まったのである。

 もちろんそう簡単に出現するはずはない。

 あくまでも色違い確率アップするだけであり、そんなにほいほい出現してしまってはバランスが取れなくなるわけで。


「出ないっ!」

「出ませんね」


 自販機で飲み物を購入してふたりで公園のベンチで休憩。

 僕はメロンソーダ、河合さんはオレンジソーダ。


 夏に飲む炭酸飲料水はやはり格別である。


「オタ君のメロンソーダ、美味しそう……」

「美味しいですよ」

「じーーーっ」

「買ってきたらどうですか? 熱中症になるよりは糖分摂ってた方が幾分かマシでしょうし」

「今ダイエット中」

「オレンジソーダ飲みかけまで飲んでて言う事じゃないとは思いますけどもね」


 かわいさんはものほしそうにこちらをみつめている。


「ひとくちちょうだい?」

「……いいですけど」

「やった!」


 いいけども、いいんだけどさ。

 僕の飲みかけだぞ? いいのかそれは?


 河合さんは気にもせず口を付けてごくりと飲んだ。

 複雑な男心も気にせずに飲む河合さん。

 そりゃまあ僕なんて男としてなんて見てないんだろうけどさ。


「う〜んこっちもやっぱ美味しい」

「欲張りですね、河合さんは」

「欲しい物には素直にならないと後悔するからね」


 清々しい顔でそう言った河合さんを見て羨ましいと思った。

 そんな素直に生きる事は僕にはできない事だから。


 そういう風に生きれたら、どれだけ楽しかっただろうか。

 やっぱり河合さんは眩しい人だと思う。

 僕なんかとはどうあっても違う人種なのだとわからされる。


 河合さんは頬を赤らめる事もなく口をつけたメロンソーダを返してきた。

 そのメロンソーダをどうしていいかわからずにとりあえずベンチに置いたり手に持ったりと僕は落ち着かなかった。


「というか、べつにショコモの色違い厳選なら僕は居なくてもよかったのでは?」

「ふたりでやった方が早いじゃん」

「べつに僕はショコモの色違いが欲しいわけではないんですけどね」

「いいじゃん。パケモン友だちなんだし」


 どうやら僕らは友だちらしい。

 まあ、同じ趣味を共有できるクラスメイトなので、そういう間柄あいだがらでもたしかにあるか。


 本来なら友だちにすらなれないような存在だし、それだけでもいいのかもしれないと喜んでいる自分がいる。


「僕のような引きこもりには辛いんですけどね」

「出たな引きこもりパケモン〜」

「そんな可哀想な呼ばれ方するパケモンなんているんですね」

「うむ。「引きこもりパケモン・オタ君。普段は自分の家から出ない。だけど本当は友だちと楽しくきのみを食べたいと願っている」」

「より可哀想な奴にしないでくださいよ……」


 やめてくれ、それは僕に効く……。

 けどべつに友だちと和気藹々わきあいあい楽しく食事をしたいとか思ったりはしてない、はず。

 とは思いつつも若干の動揺からかメロンソーダを飲む。


「あ、関節キッス〜」

「ぬはっ?!」

「めっちゃテンパってるじゃん!! ウケる」

「……鼻からメロンソーダが出ました……」

「ごめんごめんて」


 童貞をからかうのやめてくれませんかね?

 生涯において後にも先にも鼻からジュース出るとかないだろうけども、めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。


「オタ君は面白いなぁ〜」

「なら河合さんも鼻から炭酸飲料水が出る辛さを体験してみるといいですよ。かなり痛いですから」


 河合さんは取り出したハンカチを僕に差し出してきたのでそれを受け取って僕は顔を拭いた。

 メロンソーダの香りが鼻に蔓延まんえんしている中でも、わずかに香る河合さんの匂いがした。


「洗って返しますね」

「いやべつにいいよ? 気にしないでも」

「いえ、洗って返します」

「じゃあ、それでいいけど」


 河合さんに振り回されて、恥ずかしい思いすらして。

 それでも僕は、嫌いにはなれそうにない。





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