第9話 クレーンゲーム。

 月明かりはロマンチックに夜道を照らしたりはしない。

 ドラマじゃないんだから、そりゃそうだ。


「あたしん家、意外と近いんだよね」

「そうですか」


 それなら1人で帰ってほしかったとは言わなかった。それを言うと「そんなこと言ってるとモテないよ?」とか言われそうだ。

 言われるのはべつにもう今更だしどうでもいいんだけど。


 けれども、一応女の子を夜に1人で帰らせるのはどうなのだ? という僕にも男としてのプライド的ななにかはあった。というか思い出したと表現するのが近いだろうか。


「僕の親は共働きでいつも遅いですけど、河合さんの親御さんはこんな時間まで出歩いて怒られないんですか?」


 後ろ手で鼻歌を歌いながら歩く河合さんを見て僕はそう聞いた。

 こんなのがいつまでも続くのは困る。

 今の時間は21時を過ぎている。


「あたしのママは忙しいからね。日付が変わらないと帰ってこないよ。片親だし、なんにも言われない」


 少し寂しそうにそう言った河合さん。

 仕事を頑張る親なのだから、少なくとも働かない親とか暴力をふるう親よりは全然いい。

 それはわかってはいるが、家族とは何かをたまに僕ですら考える事はある。


「あたしがいつもママのご飯作ってるんだよ? 偉いでしょ?」

「河合さんって料理できるんですね、意外です」

「今ちょっとバカにしたよね?! したよね?!」

「いえ。ただどうせレトルトカレーのレンチンだろうなぁとか思ってませんはい」

「絶対思ってたヤツだよね?! ちゃんとできるんだからね?! てかうちのママは和食が好きだから一汁三菜きっちりいつも作ってるんだからね?!」

「……それは家庭的」

「ふふんっ♪ でしょ?」


 河合さんの口から「一汁三菜」なんて割烹着かっぽうぎが似合いそうな言葉を聞くことになるとは思っていなかった。

 ギャルなのに……ギャルなのに……。

 河合さんのアイデンティティとは一体……。


「まだ疑っているよね? 今度あたしが作ったげる。お見舞いしてやるっ!」

「……それはもうヤバいやつ食べさせられる展開なんだよなぁ……」


 話の流れでの社交辞令だろうけども、しかしそれでも美少女の作るご飯というのにときめかない男子高校生はそういないもので。

 家庭的な姿の河合さんを想像してしまっては自分で振り払う。


「河合さんはスーパーでお値段厳選をいつもしてるわけですね」

「そうだね。あたしは色違い厳選をする前からスーパーで厳選をしていた女だ!!」


 そう言って胸を張ってドヤ顔をする河合さん。

 その顔を照らそうと雲の隙間から月明かりが河合さんを照らした。

 この人は夜道でも明るい人なのだと思った。


「河合さんは偉いですね。僕なんてコンビニかスーパーの惣菜で腹を満たすことの方が多いですよ」

「不健康だなぁ〜」

「長生きする気はないのでね」

「うわぁ〜捻くれてる」


 そう言いつつも楽しそうに笑う河合さん。

 パケモン以外の事を話すとなるとすぐに捻くれた発言をしてしまうのは僕の悪いクセだ。


「そうだ、今度あたしが料理教えてあげよっか? パケモンの事とか色々教えてもらってるし、オタ君も料理できたらモテるかもよ?」

「……めんどくさいからいいです」

「あたしが教えてあげるって言ってるのに?」

「僕でもカレーなら作れる」

「う、嘘……オタ君がカレーを作れるの?!」


 僕のリアクションより酷いぞ河合さん。

 化け物でも見たような驚愕した顔で口には手を当てて驚いてやがる……。


「それこそ失礼ですね。カレーを煮込みながらタマゴ厳選をするのに丁度いいんですよ? カレー作りは」

「結局パケモンじゃん!!」


 具材を切り、タマゴを回収し、カレールーを入れて煮込みながらズイッチのコントローラーを輪ゴムで固定してタマゴを孵化させつつ鍋を掻き混ぜる。


 うむ。なんとも効率よく腹と厳選を進められる方法と言えるだろう。


「あ……ショコランたゃん」

「ん?」


 帰り道の中、通りかかったクレーンゲーム特化のゲームセンターの窓越しに写るクレーンゲーム。

 その中の景品のショコランをじっと見つめる河合さん。


 よく見つけたな?

 この大通りとは反対側の店のクレーンゲームの景品なんて注視してても見つけるのなんて難しいのに。

 これもひとえにショコランへの愛ゆえか。

 いやはや恐ろしい。


「お、オタ君、ちょっとゲーセン寄ろう」

「え、ちょっ」


 手を引かれてそのままゲーセンに入ってしまった。

 河合さんの小さな手はそれでもしっかりと握られていて、改めて河合さんが女の子なのだと指先で実感した。


「待っててね、ショコランたゃん♡」



 そして20分。

 河合さんはショコランたゃんを前に項垂うなだれていた。


「オタ君……」

「……僕もクレーンゲームは得意じゃないですよ?」


 半泣きで河合さんにみつめられて仕方なく僕もクレーンゲームに挑戦することになってしまった。

 しかし僕は挑戦する前にヨウツベ動画でクレーンゲームの動画を見て攻略法を実践してみる事にした。


「……なるほど。ショコランのこのタグに……」

「できそう?」

「やってみます」


 攻略法にも色々あるらしいのだが今は時間がない。

 22時を超えると僕は補導されてしまう。

 だからその前にケリを付けなければならない。


「よし、よしよし! イケ……ないんかい」

「惜しー!」

「でも次でイケそうですね」

「うんうん!」


 そうして5クレジット目にしてショコランをゲットした。


「やったぁ!!」

「子どもじゃないんですから、そんなにはしゃがないで下さいよ」

「いやいやこんなに可愛いんだよ?! そりゃはしゃぐよ?!」


 河合さんは嬉しそうにショコランを抱きしめた。

 眩しいくらいのその笑顔に、僕も思わず取れて良かったと安堵した。


「ありがとね」

「パケモントレーナーですからね」

「大切にするね」


 満面の笑みの河合さん。

 僕みたいなやつでも、河合さんを喜ばせることもできるのだと思うと少し嬉しかった。

 自分の存在を肯定されたような気がした。


「そうしてくれると、ショコランも喜びます」

「うん。ありがと」


 河合さんの笑顔に、どうしようもなく惹かれていく自分がいる。

 それを自覚してしまう日々が少しずつ苦しくなっていく。


「やばっ?! 時間ない!!」


 河合さんは時間を見て慌ててまた僕の手を握って店内を出た。

 さっきよりも河合さんの手があたたかく感じるのはきっと僕の気のせいだろう。


 この勘違いな恋煩こいわずらいが、どうか河合さんに伝わっていませんように。


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