第8話 目の毒。

「いざっ!! 勝負だぁぁぁ!!」

「あ、はい」


 河合さんが4つ目のジムメダルを獲得したことによってショコラン引き取りを掛けた戦いが始まった放課後。

 河合さんの自宅では通信対戦ができないのでまたしても僕の家である。


 僕個人としてはさっさと負けてショコランを引き取ってもらいたいので手持ちのパケモンは4つ目のジムメダルを獲得して以降はレベルを上げていない。

 やっていた事はフィールドを散策して厳選しつつアイテムの収集である。


 とはいえ簡単に負ける訳にもいかないのがやはりパケモン勝負である。


「ふっふっふ。オタク君、降参するなら今のうちだよ?」

「さいですか」

「うわぁ〜テンション低っ!! もっとこうさぁ、それっぽくしてよ〜」

「僕にいったい何を求めてるですか……」


 いちいち河合さんはオーバーリアクションなんだよなぁ。

 しかしこれが河合さんのデフォルトなのも知っている。

 だがそれに付き合えるほど僕は陽キャじゃない。


「でもまあ、そうですね……。ふははっ。貴様の愛しのショコランは我が手にある。返してほしくば我に勝つがよい。目に物見せてやる」

「おおぅ……なんか悪者っぽい」

「あの、「そういうんじゃないんだよなぁ」って目で僕を見ないで下さい死んでしまいます」


 くそぅ。死にたい。

 何やってんだ僕は。

 恥ずかしくて死にたい。

 調子に乗りましたよねはい死にます生まれてきてすみませんでした。


「いざ、じんじょーに勝負っ!」


 ぱけもんとれーなーのかわいもかがしょうぶをしかけてきた!!


「カンニングはダメだからね?!」

「目を閉じてても勝てるので大丈夫です」

「ずいぶんと舐められてるし?!」


 ベッドの上で向き合うようにして対戦が始まった。

 わりと近い距離感で若干の戸惑いはある。

 着崩した制服から見える河合さんの谷間に目がいってしまう。

 なので本当に目を閉じて対戦しようか迷う。

 いやだってわりと河合さん、大きいんですよ?

 困るじゃんそりゃ。

 こちとら童貞なんだよ悪いかコノヤロー。


 ……よし、さっさと負けてしまおう。


「その技はズルいっ!!」

ずるいと言われましてもね」


 河合さんの手持ちは3匹。こちらは4匹。

 河合さんにしてはよく2匹も自力で捕まえた方だと思う。

 種族値も比較的優秀だし、前のようなショコランゴリ押し戦法ではなくしっかりと勝ちに来ているのがわかる。


 負けようとは思っているが、そう易々やすやすと負けてやるのはやはりパケモントレーナーとしては失礼だろう。

 相手がギャルで陽キャな河合さんだとしても、それでも手は抜かない。


 ……育成に手を抜いただけだ。


「よしっ! まずひとり!!」

「ですがまだこちらには3匹います。そして河合さんの1番手はずいぶんと疲弊してますが大丈夫ですか? 負けそうですけど?」

「うっざ!! あたしに勝てないかもだからって心理戦?!」


 頭部から湯気を出しそうな勢いの河合さん。

 感情豊かな分扱いやすい。


「いえいえそんな事はないですよ。恋愛経験とかも豊富そうな河合さんにそんな事で勝ちに繋げられるなんて思ってません」

「そそそ、そうでしょぉ?! 駆け引きであたしに勝てるとかっ?! そんなわけないからっ?!」

「そうですよね。彼女がいたこともない僕なんかのしょうもない言葉ひとつで揺らぐような女ではないですもんね」

「そ、そりゃまあ? あたしモテるし?! ちょっとやそっとじゃ……ひ、必殺技外したぁぁぁぁ!!」


 河合さんの動揺にリンクしてかパケモンの攻撃が外れまくっている。

 命中率90パーセントでここまで外すとむしろ面白いまである。


 ふはは。

 陰キャと陽キャの戦いでも、パケモンなら簡単に優越感に浸ることができる。

 遊戯ゲームとはやはり面白い。


「…………」

「負けましたね、河合さん」

「も、もう1回!!」

「近い近い」


 半泣きになりながらドアップで再戦を懇願こんがんする河合さん。

 ふわっと香る河合さんの匂いに一瞬クラっとするような性的興奮が脳裏によぎってまた死にたくなった。


「……仕方ないですね」

「つ、次は負けないからっ!!」


 ムキになって戦いを挑む河合さん。

 負けず嫌いなのか、それともショコランたゃんへの愛ゆえか。

 どちらにしてもこれは河合さんが勝つまで終わらないかもしれないと僕はさとった。


「か……勝ったぁぁぁぁぁ!!」

「負けてしまった〜」


 戦うこと9回、ようやく河合さんは僕に勝った。

 ……勝ってはいけないチキンレースってこんなにしんどいんだな。


「僕のベッドで飛び跳ねないで下さいよ」

「だって勝ったし?! オタ君ちょームカつくし?! だからオタ君が悪い的な?!」


 いつの間にか「オタク君」から「オタ君」になっているがどうでもいい。

 ベッドで飛び跳ね揺れる胸から目を逸らしてショコランお引越しの準備を始める。


 ……ほ、本当はめっちゃ見たい。ちくしょう。


「ショコランたゃぁぁん!」

「……疲れた」


 対戦にも疲れたが、河合さんの一挙手一投足にドギマギしてしまう自分に嫌気がする。


 河合さんはまばゆい光なら、僕はそれに群がるだ。

 希望をもってはいけない。

 期待してはいけない。


 この人の隣に居続けたら、身を焦がして死ぬだけだ。

 それでも惹かれていくのがこわい。


 河合さんの近くにいたら自分は河合さんを好きになってしまうかもしれない。

 勘違いをして、痛々しくも残酷に失恋するのだろうと思う。


 だからこれでいいのだ。

 もうこれ以上、傷付きたくない。


「今日はもう帰った方がいいですよ。夜も遅いですし」

「げっ!! もうこんな時間じゃん!!」


 早く帰ってくれ。

 僕が望む事はそれだけだ。

 あとは自由にパケモンをプレイしててくれ。

 そうすれば僕は夢なんか見なくて済む。


「家まで、送ってってほしい、かな」

「…………え」


 終わらせようと目を閉じて、夢を見なくて済むようにしようとした。

 それでもまだ夢は終わらない。


 河合さんのそのほんのりとした期待のこもったような瞳と表情に、僕はただ困惑した。





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