第6話 縛り旅を共に。

 パケモンにも歴史は色々あるが、その全てをプレイしてきた僕は今作もやはりクリアしたのちのプレイに迷っていた。

 世代を増す毎にクリア後のやり込み要素も増えてきているのでその辺のソシャゲよりも飽きるのは遅い(個人の意見)。


 だがやはりやるべき事をやってしまったという達成感と喪失感はどうしてもあるわけで。

 まあしかしトレーナーとしてはまだまだ中途半端だ。

 図鑑の完成はしたが、人によって対戦で上位に入ったり色違いで図鑑を完全に埋めたりしている人もいる。


 そう言った上位プレイヤーと比べると僕はまだやり込んだとは言い難い。

 それでもどこか「作業」をしているようでもの寂しい気持ちになる。

 願わくば早く新作が出ることを祈るのみである。


『てか聞いてる?! 6番目のジムが攻略できないんだってば!!』

「ああ〜すみません。聞いてませんでした。6番目とショコランの相性は悪いですからね」


 そんな風になんとなくパケモンをプレイしながら放課後に河合さんと通話をしている。

 ここ数日の日課にすらなり始めていた。

 連絡先交換をした翌日の放課後には電話が掛かってきてこうなっている。

 ちょこちょこ質問をされたりはするので連絡先交換の理由としては筋が通っている分タチが悪い。


 だがやはり男のさがなのか、通話を拒めない自分が嫌で仕方がない。

 自分がどうしようもない思春期なのだと実感せざるを得ない。


「……色違い縛り旅でもするかな……」

『縛り旅?』

「ええ。最初から始めて、手持ちに入れられるのは色違いだけのパケモンのみでストーリーを攻略するという暇人の遊びです」


 縛り旅にも難易度は色々あるが、それでも比較的緩い。

 だが図鑑も最初からなので当然「煌めくペンダント」も無い。必然的に色違いを見つけるのはより厳しい。


 人によってはさらに色違いタトゥー付きのみの縛り旅をしたり、天然記念物ルールなんてルールもある。

 その上での人生ルールだったりも難易度は自分次第でいくらでも上げられる。


『そ、それって……今までプレイしてきたデータ消すって事だよね?! もったいなくない?!』

「大丈夫です。ズイッチはもう1台あるので、希少なパケモンは全部そっちにお引越しです」

『ズイッチ2台持ちとかお金持ちじゃん! 羨ましい』

「お小遣いとか短期バイトして買ったやつですよ。お金持ちではありません」


 世の中には色違い厳選の為にズイッチ4台持ちしてる人とかもいる。

 それ以上持ってる人もいる。

 なので2台持ちくらいは一般常識の範疇はんちゅうと言える。たぶん。


 まあでも、パケモンの3世代目などをプレイしていた人ならわかるとは思う。

 ああ、2台あれば御三家で旅を始められるのに、と。


『なら、あたしも最初からやってみようかな〜』

「……え? あれだけ苦労してお迎えしたショコラン消えるんですよ?」

『……ショコランたゃんだけオタク君の別データに匿って?』

「それはいいですけど、そもそも河合さんは通信環境がないから無理じゃないですか」

『ぐぬぬ……そうだったぁ』


 スマホ越しにのたうち回る河合さんの雑音。

 昔は通信ケーブルとかアダプターとかがあったから、自分でズイッチ2台と通信用機器をもちいれば可能だった。

 だが今はネット環境がなければ通信はできない。

 文明の力ゆえの不便である。


『オタク君の家、WiFiある?」



 ☆☆☆



「おお〜いかにも普通って感じ」

「僕に何を期待しているのかわかりませんが、こんなもんでしょう」


 学校終わりの放課後。

 河合さんが家に来た。

 両親は共働きなので河合さんが居ても居なくても何も言われないが、間違っても彼女なんかではない。

 そもそも僕なんかでは不釣り合いだし、そうなる未来なんて想像もできないし期待もしない。


 期待してがっかりするのはもう嫌だ。


「んじゃ、始めますか」

「ズイッチ起動でもしてて下さい。とりあえず飲み物でも持ってきますから」

「うぃ〜」


 早くも僕のベッドで寝転びながらズイッチを起動し始める河合さん。

 いやここ君の家じゃないからね?

 ……まあいいか。


 1階のリビングに降りてオレンジジュースを入れて自室に戻る。

 無防備になってしまっている河合さんの太ももに目が行って瞬間的に死にたくなった。


「オレンジジュースです」

「どおも〜」

「言っときますけど、本当に初期化するんですか? 元には戻せませんよ?」

「その為のショコランたゃんお引越しじゃん」

「それはそうですけど」


 人によっては最初からする事を億劫おっくうに感じる人もいる。

 ましてや今からやろうとしているのは、色違い厳選の縛り旅である。

 根性が無いとできない旅である。

 ゲームに根性なんてと言う人もいるだろうが、色違い厳選は地獄そのもの。


 先日の河合さんを見れば辛い事なのは誰が見たってわかるはずだ。

 ましてやゲームにそこまでする? と言われる程に虚無であり無駄だ。


 だけど僕らはロマンを求めて厳選をするのである。


「泣き言を言う羽目になっても知りませんよ」

「ふふん。それは自信ない!!」

「なぜドヤ顔……」


 河合さん自身もショコランの厳選を思い出して辛いだろう事は想像できたのだろう。

 それなのにどうして楽しそうなのだろうか?


 色違い厳選縛り旅とは暇を持て余した暇人の遊び。

 生半可な気持ちでは途中で挫折するのは目に見えている。

 まあ、そのままパケモンに飽きて関わらなくなってくれれば気楽にまたパケモンができるので僕としてはむしろいい。


 ひとまず保護したいパケモンたちを僕の別データにそれぞれお引越しをして準備を済ませる。

 パケモン交換自体初めてらしい河合さんはそれだけでもテンションが上がっていた。


「なんかワクワクする!」

「なんでですか?」

「なんかこういうのってワクワクしない? ライバルって感じする!」

「……なるほど」


 昔の僕にも一緒にパケモンを始める友だちがいたら、そういう事にも感情移入できたのかもしれない。


 ただ今の僕は厳選の辛さを知っている故か、そんなワクワクした気持ちにはなっていない。

 ならやるなよという話にはなるのだが、それでも止められないのもまた厳選。


「僕はもう初期化終わりました」

「早っ! ちょと待って!」


 そうしてまっさらなデータで僕らは新しく冒険を始めた。

 何もないデータを見るといつも新鮮な気持ちになる。


「今回は特別に河合さんに御三家の1匹の色タマゴをあげますので、最初にもらった御三家は逃がして下さい」

「わかった」


 暇を見つけては交換用に作っていた御三家の色タマゴの1つを河合さんにあげるのはもったいない気もしたが、これからの地獄を共にするらしいのでこれくらいは情けを掛けてもいいだろう。


「孵化できましたか?」

「うん。やっぱ可愛いね。色違い御三家でスタートできるとかちょー贅沢な感じするっ!」

「それはよかったです」


 そうしてお互いに最初に貰っていた御三家を逃がして色違い厳選縛り旅はスタートした。



 そして1時間後。


「あーー! 全然色違い来ないんですけどっ?!」


 河合さんは発狂していた。

 僕のライバルさんの苦悩は始まったばかりである。


「お、ニャルトスの色違い見つけた」

「はぁ?! ちょ! ズルいっ!!」


 早くも半泣きな河合さんの顔を拝めてニコニコな僕は順調に進められそうだ。

 実に愉快。



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