第5話 得意不得意ギャルオタク。
河合さんの色違いタトゥー付きショコランの厳選を終えて、もうそれだけのはずだった。
だが。
「どうしようオタク君っ?! うちの子が反抗期になっちゃった?!」
放課後になり、喫茶店で半泣きで泣きつく河合さん。
お迎えしたのはこの間の土曜日であり、今日はその休み明けの月曜日。
反抗期と聞いてだいたいの予想は長くパケモンをやっていればわかるが、厳選を終えたら関係性が終わると思っていた僕が馬鹿だったようだ。
「レベルを上げすぎなんですよ」
「そりゃうちの子を強く可愛くしたいじゃん?!」
注文して届いた珈琲にも手を付けず河合さんのショコランを見るとレベルが50レベルを超えていた。
「河合さん、今持ってるジムメダルっていくつでしたっけ?」
「ん? たぶん……3つ、だね」
「……なるほど」
パケモンを旅するにおいて、重要な要素と言えるジムメダル。
1つの地方で8個のメダルをゲットする必要があるのだが、いくつメダルを持っているかによって手持ちのパケモンが言うことを聞くかも変わる。
本来3つをメダルを持っているのなら、言うことを聞いてくれるのは35レベルまでである。
なのに、どうやったらメダル3つのまま50レベルを超えるまで育てることが出来たのだろうか?
「……とりあえず、よく頑張りました。とだけ言っておきます」
「ショコランたゃんのためだもん。そりゃ頑張りますとも!!」
つまり河合さんは、命令を聞かなくなった35レベル以上の段階でそれでも可愛さ故にレベル上げをしていたのである。
それもひとえに愛ゆえか。
ほかの手持ちパケモンは軒並み35レベル以下であるのに、ショコランだけは群を抜いてレベルが上がっている。
「ショコランが言うことを聞いてくれないのは、河合さんがジムメダルを集めていないからです」
そうしてパケモンを育てる際のルールなどを一通り教えた。
可愛さのあまり育てたくなる気持ちもわかるが、いくらなんでも育て過ぎだ。
「幸せ者」な色違いショコランが手塩にかけて育てられた故に反抗期とは人の人生そのもののようですらある。
「となるとまずは、あたしの言うことを聞いてくれる為にもたくさんジムメダルを集めないといけないんだね!!」
「はい。頑張って下さい」
「うんっ!!」
なぜ言うことを聞いてくれなくなってしまうのか。
そしてなんでそんなシステムを開発者が導入しているのか。
それは簡単な話だ。
トレーナーのレベルにそぐわないパケモンを他から交換して無双しないようにするためである。
そんな事ができてしまってはゲームバランスは崩壊するし、なにより楽しくない。
パケモンの世界は異世界転生無双みたいに都合よくはいかないのである。
「とりま頑張るっ!!」
そう言って可愛らしくジムへの挑戦を決意する河合さん。
決意したのは良いのだが、そうして黙々とジム挑戦を始めてしまったので僕はいよいよ手持ち無沙汰である。
とりあえず冷めてしまった珈琲を口にして「ぐぬぬぅ」と
「……僕、もう帰っていいですかね?」
「へ?! あっ! ごめん!! 聞きたい事あるからもうちょい待ってて?!」
「あ、はい……」
まだ帰れないかぁ〜。
マイペースだなぁこの人。
……てかジム戦までショコランで挑んでるし。
言うことを聞かないからなかなか攻撃してくれない。
言うことを聞かないと言っても指示をした攻撃をしなかったり、またふて寝したり暴れたりと色々である。
個人的には見ていて面白いが、進まない戦闘に攻撃を受けてあたふたする河合さんもまた以外に見ていて面白い。
「やった! フェアリーボムが当たった!!」
言うことを聞かない状態でもたまに指示をした攻撃をしてくれたりもする。
河合さんは「これが愛の力だぁぁ!!」って言ってるけども、ただ運が良かっただけ。
でもそんな事を言うのはあまりにも
「よしっ! ジムメダルゲット!!」
「おめでとうございます」
「やっぱりうちの子は強くて可愛いっ!!」
そりゃ4つ目のジムのレベル基準は30〜35くらいだ。
50レベルを超えるショコランで殴れば余裕ではあるだろう。
しかし指示をした技を思うように繰り出せない中での攻略はやはり難しい。
そう考えるとよくやった方ではある。
河合さんは満足気にぬるい珈琲を飲んで微笑んだ。
「それで、聞きたい事というのは?」
「あっ! そうだったね!!」
それからは色んなアイテムについてや技の種類、特性についてなど色々聞かれた。
正直全部ネットや動画を見ればすぐにわかるような事だった。
「ショコランの種族値的には物理攻撃よりも特殊攻撃の方がいいですね。今の技構成だとショコランの良さを活かせていないです」
「特殊攻撃? 攻撃は攻撃なんじゃないの?」
……そこからかぁ。
まあたしかに、僕も小学生の頃は違いがよく分かってなかったから言わんとする事はわからなくはない。
「物理攻撃はそのままの意味ですね。なぐったり蹴ったり、要は自分の体を使っての攻撃です」
「それはわかる」
「一方、特殊攻撃の方は……なんと言えば伝わるだろうか……う〜ん」
教えるというのは難しい。
僕は河合さんではないから、どこのどの部分でわからないのかが明確にわかるわけではない。
適切な言葉を伝えるというのはこんなにも難しいものなのか。
「魔法……みたいなものですかね。直接殴ったりしないビームみたいな?」
「ああ〜なるほど。それならわかるかも」
「攻撃技はざっくり分けるとその2つになります。そしてパケモンによってそれぞれ得意な事も違うんです」
「じゃあ、うちのショコランたゃんは得意じゃない攻撃ばっかりだったから得意な事をさせてあげた方がいいって事?」
「そうですね。その方が戦闘もスムーズになりますし、効率よくてなおかつそのパケモンらしく戦うことができます」
パケモンは奥が深い。
強い技を覚えられるとしても必ずしも強くなるとは限らない。
「スポーツが得意な人にはスポーツを。勉強が得意な人は勉強を。芸術が得意な人には芸術を。要は適材適所です」
「パケモンって考え出すとキリがないくらい面白いね」
「だからこそ子どもから大人まで愛されているんですよ」
世の中には化け物みたいな人もいる。
攻撃技無しでオンライン対戦上位にいる人とかの動画を観てると感激してしまう。
パケモンの特性などもそうだが、相手がどんなパケモンを使うのかによって技構成すら予測して戦い相手を
……そしてそんな大人に泣かされる伝説キッズとか。
「色々教えてくれてありがとね」
「いえ。お互い様ですから」
ギャルと陰キャ。
人気者と捻くれ者。
相反するような立ち位置にいると僕は思ってはいるが、パケモンという共通のコンテンツがあるのなら多かれ少なかれ学べる事もあるだろう。
僕には無いものを河合さんは持っている。
僕はそれを眩しいと思ってしまっているし、羨ましいとも思ってしまう。
河合さんみたいに純粋な気持ちでもっと楽しめたなら、自分の人生だって少しは違っていたかもしれない。
「とりあえず河合さんはジムメダルを集める方がいいです。あとショコランを育て過ぎです。他の子もバランスよく育ててあげてください」
「だってショコランたゃんが可愛くて尊いんだもん」
しばらくは反抗期が続きそうだ。
「そうだ。せっかくだし連絡先交換しない? 土日で反抗期になっちゃったけどオタク君に聞けなくて困ってたし」
「……まあ、いいですけど」
「ほんとに? ありがと」
連絡先を交換してやかましくなるのを考えると面倒だなとは思うが、それでも自宅に居るままゲームをしながら対応できると考えるとむしろそっちの方が楽かもしれない。
「んじゃこれあたしのニャインのコードね」
「あ、はい」
そう言って河合さんはニャインのコードを見せてきた。
なんでニャインなのだろうかと思いつつも
「オタク君のアイコンウケる」
「可愛いでしょ。うちで買ってるぬこ様です」
「うん。可愛い。のに変顔でウケる」
普段は家族との連絡を取る事にしか使っていなかったニャイン。
そのフレンド枠に「河合最花」と新たに追加された。
「くらえっ! スタンプ攻撃っ!!」
そして僕は意味もなくパケモンスタンプのショコランシリーズでスタンプをひたすら送り付けられるという攻撃を受けた。
なぜかドヤ顔で満足気に河合さんは微笑んでいた。
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