第4話 厳選とは無駄であり、そしてロマンである。

「オタク君、今日も付き合って」

「……わかりましたよ」


 翌週も色違いタトゥーショコラン厳選は続いた。

 そもそも色違いが出現しないという事もあり、河合さんはかなりイラついていた。

 なんというのだろうか。

 ガンギマリ? とにかく怖いです。


「どうしようオタク君。最近夢でまでショコランたゃんに逃げられるんだよぉ。ほんとに嫌われてるのかな?」

「嫌われてるということではないと思いますよ。今後も色んなパケモンの厳選をするとわかるとは思いますけど、血眼になって探してる時には出現しないのに、油断してる時や不意に出現したりするものですから」


 河合さんのヤンデレ気味な不機嫌さに思わずきをつかってフォローをしてしまったが、実際にこういう事はあるものだ。

 いわゆる「物欲センサー」というようなやつだろう。

 目当てのパケモンを厳選中に別のパケモンが色違いで出現して仕方なく捕獲したりとかよくある。


 ましてや河合さんはまだストーリーも中盤ほどであり、パケモン図鑑も完成していない。

 パケモン図鑑を完成させると「きらめくペンダント」というアイテムを貰うことができるのだが、そのペンダントがあれば色違いが出現する確率を上げる事ができる。

 だが河合さんは当然まだ持っていないので、簡単には遭遇できないのも仕方のないことだ。


「攻略サイトを見て効率の良い方法とかを模索もさくした方が早いとは思いますけどね」

「それじゃ駄目なの。そうじゃないの。あたしの愛は効率じゃないの」

「左様ですか」


 先週からの付き合いではあるが、河合最花について少しずつ分かってきた事もある。

 河合最花は効率厨とは真逆のプレイスタイルである。


 攻略サイトを見るのはズルいと思っているし、ヨウツベ動画も見ようとはしない。

 自分で手探りして模索していくことにこだわっている。

 まあ、手探りな割には僕の意見を求めたりもするのでその辺の塩梅あんばいはよくわからない。


「ちょ、ちょちょ?! オタク君?!」

「どうしました?」

「こここここれ、色違い……だよね?」


 僕の制服のすそを掴んで震えている河合さんは半ばパニックになりながらも必死に冷静さを保とうとしていた。

 僕に見せるためにと近付いた河合さんからふわりと香るシャンプーの残り香が鼻をくすぐった。


「そうですね」

「ヤバいッ!! ちょーヤバいどうしようッ?!」

「パニクってるといなくなっちゃいますよ」

「わわわ分かった!」


 わなわなと震えながらもプレイを再開した河合さんを見て懐かしく思った。


 昔のパケモンは草むらや洞窟でエンカウントしたコマンドバトルになって初めて相手が色違いかどうかを知れたから、色違いだと判明したとしてもいなくなってしまうことはない。

 だから唐突の色違い遭遇にパニックになっても、落ち着いて対処することはできた。


 だけど今作のパケモンはオープンワールドであり、色違いのパケモンとバトルになる前にその個体か色違いかどうかを知ることができてしまう。

 嬉しさと戸惑いにパニックになっている間に消えてしまう事もあるのだ。


 それに、その間に他の通常色のパケモンにエンカウントしてしまってバトルが始まってしまってその間ににいなくなってしまう事もある。


 色違いを見つけやすくなったという今作のメリットがある反面、通常個体に邪魔をされる事もあるわけだ。

 やはりパケモンは奥が深い。


「はぁどうしよう尊い可愛い好き愛してる」

「まだ油断できませんよ。押し間違えてうっかり倒してしまうこともあるのですから」

「そうなったらあたしは舌を噛みちぎって死ぬ」

「舌を噛みちぎってもすぐには死ねないですよ。出血死するにはずいぶんと苦しみ抜いて死ぬ羽目になりますし」

「楽に死んだらあたしはあたしを許せない」

「……武士かよ」


 介錯かいしゃくを付けずに切腹する武士のそれなんだよなぁ。

 河合最花の愛はどうやら思っていたよりも相当重いらしい。真偽はともかく。


「とりあえず落ち着いていきましょう。河合さんのキノコメンはそこまでレベルも高くはありません。なのでまずはショコランを眠らせてから「かげんづき」で弱らせてボールを投げましょう」

「う、うん」


 河合さんは額からは一筋の汗を流しながらも頷いた。

 相当に真剣な事が伝わってきた。

 震える指先でズイッチのボタンを押して行動を慎重に選択していく。


「よ、よし、弱ら……起きちゃった?!」

「大丈夫です。もう一度眠らせましょう」

「わ、わかった!!」


 色違い厳選に慣れているはずの僕にすら、河合さんの緊張感は伝わってきた。

 今この瞬間、僕は河合さんを「陽キャなギャル」としてではなく1人の「パケモントレーナー」なのだと認識している事に気付いた。


 そんな真っ直ぐな気持ちで取り組める河合さんはやっぱり眩しい。


「…………っ!!」


 投げたボールが3回揺れて、そしてうなずくように小さく光り、そしてカチッと音が鳴った。


「やったぁぁぁぁぁあ!!」


 河合さんは弾けるような笑顔で子どもみたいにはしゃいで僕の手を取って騒いだ。

 そんな河合さんに釣られて僕すら笑顔になってしまった。


 これはただのゲームだ。

 なのに、どうしてこんなにも嬉しいと喜べるのか。

 そんなのは決まっている。


 好きだから、楽しいのだ。

 たかがゲームで、僕らは一喜一憂できる程には好きなのだ。


「河合さん、とりあえずタトゥーがあるか確認しましょう」

「そ、そうだね?!」


 ショコランのタトゥーは目視が難しい。

 ショコランのタトゥーは首元にあるのだが、手持ちの状態で確認しなければわからない。

 付いていないかもしれないし、付いているかもしれない。


 別にタトゥーがあるからと言って、バトルにおけるステータスに変化なんてない。

 だけど、ロマンがあるのだ。

 色違い厳選の中でも色違いタトゥー厳選は最もロマンを追い求める無駄極まりない自己満足のかたまりだ。


「し、「幸せ者のタトゥー」だ?!」


 パニックなまま、それでも嬉しさが溢れ出るのかにへにへとした顔は表情筋が緩み切っていた。


「1度回復させた後に、パケモントレーナーとバトルしてみるといいですよ」

「うんっ!!」


 本当に河合さんはパケモンが好きなんだろう。

 だってとても嬉しそうだ。


「オタク君っ?! 見てっ!!」


 そこには


『ゆけっ。幸せ者のショコラン!!』


 そう呼ばれて色違い特有の煌めきを放ちながらバトルにおもむく河合さんのショコランが前を向いていた。


「可愛い……可愛過ぎて死ねる」



 そう呟きながら嬉しそうにバトルを始めた河合さんだった。

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