第3話 厳選は辛くて悲しくて虚しさの上に立つ。

「このキノコメンってパケモンウケる。あたしの子女の子だしっ」

「パケモンの名前にも色々ありますから」


 河合さんにとりあえず低レベル帯でも捕獲用意として優秀なパケモンを捕まえさせてレベル上げをしてようやく進化したキノコメン。

 この子はほんとに優秀な子なんだよなぁ。


 僕がオタクになり始めた小学生の頃に買った「パケモンべに」で初登場したパケモンである。

 パケモン紅自体は僕がまだ幼稚園に入園する前に発売された世代のパケモンであり、プレイし始めた頃は最新版ではなかったけど、当時は中古で安く買えたし、1人でプレイしていても普通に楽しめた。


 パケモン紅の世代から今の最新版ともなるともう何世代も続いてるので、キノコメンは昔の世代のパケモンであるがとても優秀なのである。あと可愛い。


「キノコメンは凄いんですよ。相手を状態異常にさせる技をたくさん覚える事ができるのでお迎えしたいパケモンを眠らせたり痺れさせたりできます。さらにお迎えに必須と言っていい技の「かげんづき」も使えます。かげんづきは相手の体力を絶対に1は残すといういわゆる手加減ができる技なのですがその技はお迎えにおいてとても大事なんですよだから」

「オタク君がめっちゃしゃべってる?!」

「……それだけ思い入れのあるパケモンなんですよ。昔からお世話になっているので」


 饒舌じょうぜつに解説する僕を見て目を丸くして笑った河合さんのせいで恥ずかしくなってしまった。


 ずっと1人でパケモンをプレイしていたからだろうか。

 誰かとパケモンについて話すのが思いのほか楽しいと思ってしまっている自分がいた。

 ……まあ、話すというか僕の一方的な解説でしかなかったし、会話とは言えないかもしれない。


 ……疲れるな。


「つまりあれだね。キノコメンはショコランたゃんをお迎えするためにとっても大事なパケモンって事だね。そうだよね。せっかく色違いのショコランたゃんが出てきてくれても、うっかり倒しちゃったら可哀想だもんね」

「まあ、はい。そういう事です」


 たゃんってなんだろうかと聞きたかったけど、たぶん聞かなくても問題ないのだろうと思ったから聞かない事にした。

 それにしても、河合さんはとても優しい言葉を使う人なのだなと思う。


 パケモンをする、と言ったり、自分が捕まえたパケモンをと表現したり。


 僕にはリアルでのパケモン友だちはいないし、ましてや女の子のパケモントレーナーもいない。

 だから女の子が総じてそういう表現をするのか、それとも河合さんがそうであるだけなのかはわからない。

 けど、僕とは違って優しく愛のある接し方を画面越しにしているのだと思って少し死にたくなった。


 それはまるで僕自身を否定されているように感じたから。

 でも河合さんがそんな否定をしているつもりはない事を知っている。

 河合さんの事なんて何も知らないけれども、陽キャにも大きく分けて2通りいる。


 陽キャの中でもDQNよりのタイプと、河合さんみたいに天然タイプ。

 河合さんのそれは生まれ持った素質みたいなものなのだろう。


 悪意無く人と接することも出来る恵まれて育った人たちだ。

 だからこそ無意識に無自覚に人を傷付けるタイプでもある。

 ある意味DQNよりもタチが悪い。


 河合さんみたいな人は、存在するだけで僕らを傷付ける。

 太陽に焼かれて死んでいく羽虫。

 太陽である河合さんはただそこで光を発しているだけで、僕ら羽虫なんて認識すらせずに焼き殺せてしまう。


 そんな事を考えてしまう自分にまた死にたくなってしまった。


「ねぇねぇ! もうショコラン厳選いける?! もういけるよねっ?!」

「まあ、そうですね。できるとは思いますよ。一応」

「やったッ!! ついに愛しのショコランたゃんをお迎えできるぅぅう!! はぁはぁ♡」


 ……よだれ垂らしてる。

 え、何この人、そっち系のヤバい人?

 ネットで拾ってきたのであろうショコランの色違いの画像を食い入るように見つめながら荒く興奮し肩で息をして頬を赤らめている河合最花。


 その姿に陽キャ感は微塵みじんもなかった。

 どちらかと言えば、こちら側の人種に近いとすら言っていい。

 だが、ある意味では僕よりもヤバい奴である可能性がある。

 そして僕は色違いショコランの画像で「はぁはぁ♡」している河合最花を見て少し恐怖している自分がいる。


「待っててね♡ ショコランたゃん♡ でへへぇ」


 うん。やっぱりヤバい奴確定。

 この人が男じゃなくてよかったとすら思った。

 じゃないとこの絵面えずらは耐えられない。

 そしてそれは同時にサーニャイトではぁはぁしている自分もこんな感じなのだろうかとさらに死にたくなった。



 ☆☆☆



「ショ、ショコラン……たゃん。どうして……出てきてくれてくれないの? ねぇ、あたしの事嫌い? 嫌いなの? あたしはこんなに好きなのに。愛してるのに。お部屋にもたくさんショコランたゃんのグッズ飾って神棚まで作ってお迎えの準備してるんだよ? 毎日拝んでお供え物してるのに、なんでまだ来てくれないの? ねぇ教えてよ? 大丈夫だよ。痛くしないから。ちょっとチクッてしておねんねするだけだよ? ショコランたゃんの為の専用ボールも用意したんだよ? とっても可愛くてショコランたゃんにぴったりのボールなんだよ? それなのになんで出てきてくれないの? あたしなら絶対に戦闘中に瀕死にさせたりしないよ? ちょっとでも傷付いたら回復させてあげるよ? いつも一緒にいたいから手持ちに居てほしいのに。いつでもショコランたゃんの顔を見たいから早く来てほしいのに。ねぇどうして? どうして来てくれないの? あたし、なんか悪いこととかしたかな? 嫌なところがあるなら言ってよ。全部直すから。ショコランちゃんの為のあたしになるから。だからお願い。早くショコランたゃんに逢いたいの」


 いや怖い!! 怖いよこの人!!

 浮気とかしたら絶対ヤバくなるパターンの人だよこの人。

 いやまあ浮気とか不倫した方がそもそも悪いとは思うけども、河合最花は浮気相手を殺した後に監禁して一生飼い殺すパターンのヤンデレだろ絶対……


「ショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃんショコランたゃん」


 ズイッチに張り付き、目をギラつかせながら邪悪な笑みを浮かべて文字通り血眼になってショコランを探す河合最花。



 そして、ショコラン厳選をカラオケで始めて5時間、結局色違いすら出現しなかった。

 カラオケ屋を出ると辺りはすっかり暗くなっていた。


「そっか。ショコランたゃんが出現しない世界なんて要らないんだね。そうだよね。世界が悪い」

「……魔王に覚醒するのやめてください……」


 人はこうして魔王になるらしい。

 世のパケモントレーナーたちよ。

 心しておくがいい。


 色タトゥー厳選は底無しの沼であり、地獄である。

 きらめく色の影には地獄が潜んでいるのである。


 しかしそれでも我らパケモントレーナーは今日も色違いタトゥー厳選にいそしむ。


「待っててねショコランたゃん……必ずお迎えするからね。逃がさないからね」


 河合最花は月を見つめながら微笑んだ。



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