第2話 最後は愛で押し通す。

「や、やばッ!!」

「ど、どうも」


 河合最花に絡まれた週の土曜日。

 僕は指定されたカラオケ店でパケモンのデータを河合最花に見せていた。

 ……帰りたい。


「色違いの子めっちゃいるじゃん!! てか御三家まで色違いで揃ってるし?!」

「……ネットで探せば色タマゴを交換してくれる人もいるし、そのくらいは簡単ですよ」


 僕のパケモンのデータを食い入るように見ながら瞳を輝かせる姿は少女そのものだった。

 パケモンで一喜一憂するその姿はどこか懐かしく、小学生だった頃の自分を思い出した。


 当時のパケモンは今みたいに色違い厳選なんて難易度の高い事は出来なくて、たまたま遭遇した色違いパケモンに嬉しすぎてパニックにすらなったものだ。


 今作のパケモンにはお弁当タイムというシステムがあり、お弁当に詰める具材などで色違いが出る確率や各属性の出現率アップやら貰える経験値が増えたりと便利な機能もある。


「あたしん家はWiFi無いから交換できないの!! いいなぁ〜」

「今どき家にWiFi無い家とかあるんですね」

「スマホあるから別にいいでしょって言われてさぁ」


 僕のゲームであるズイッチを持ったままカラオケ店のテーブルにぐったりと項垂うなだれている河合最花。

 項垂れるのはいいけど、僕のズイッチ落としたら流石に手が出るかもしれん。

 特にそのデータは300時間くらいはプレイしているのだから。


「てか、色タマゴって何?」

「色タマゴって言うのは、色違いの個体が確定で生まれるタマゴの事です」

「そんなのあるの?!」


 台パンする勢いで近付いてくるのやめてください心臓に悪い。

 うっかり心臓止まったらどうしてくれるんだよ……

 こちとら女の子が至近距離にいる時点で緊急事態なのに。

 下手に触れたら簡単に社会的に死ぬ昨今さっこん、女性に近づいてはいけないのだ。

 じゃないと僕の人生が終わってしまう。

 こういう距離の近い女子はその辺の当たり屋よりタチが悪い。


「色タマゴって言うのは、要するに一度孵化させて色違いである事が分かっているタマゴって事です」

「…………ん? つまり?」


 これでも意味がわからんのか……

 説明がめんどい。

 可愛く首をかしげても、僕には恐怖の魔王くらいに見えているので全く萌えない。

 やはり萌えは2次元に限る。


「例えば僕が色違いの個体を孵化させて、その個体を河合さんにあげたらどうなりますか?」

「嬉しい」

「……そういうことじゃなくて」


 僕はパケモンを操作してパケモンの個体データが見れる欄を開いた。


「このパケモンは僕が孵化させた個体ですが、『親』が僕自身になっています。けど、この個体をそのまま河合さんにあげても『親』は僕のまま」

「な、なるほど……つまり、本当の親じゃないんだね?!」

「……まあ、そんな感じですね。はい」


 パケモンの世界にも色んな人がいるもので、親が誰でも気にしない人がいる一方、自分が親で愛情を持って育てたいと思う人もいる。


 ……配信者の中には色違いタトゥーだけの手持ちパケモンで旅をする動画とか「人生ルール」とかいう頭のおかしい縛りでプレイする人もいる。


 ちなみに「人生ルール」とは使っているパケモンが戦闘中などに「瀕死ひんし」状態になるとそれを人の人生でいうところの「死亡」扱いとしてその後のバトルでは使用できなくなるとかいう鬼畜ルールである。

 人によってはケジメとして一度瀕死になった色違いタトゥー付きパケモンを逃がすというゲーマーとしては苦行も苦行のルールだったりもする。


「だからオタク君の御三家全員の親がオタク君なんだね」

「はい。通信相手とお互いに色タマゴを交換してを2回やって揃えました」

「あたしもネットに繋げたら色違い御三家揃えられるのに……」

「言っときますけど、御三家の色違いタマゴ作るのもしんどいですからね?」

「あ、愛があればできるっ!! かも?」


 ではなぜまだ最初に選んだ御三家の一体の色違いがいないのか説明してもらいたいものである。

 他の人と色タマゴを交換するならばそれなりの対価がもちろんいる。

 バージョン違いで手に入らないパケモンだったり、珍しい色違いのパケモンだったりと色々。


 愛だけではどうにもならない事もあるのだ。


「というわけで、河合さんがショコランをお迎えする為にもまずは下準備が必要です」

「下準備?」

「はい。現状、そのままではショコランの色違いを探すどころか通常色のショコランをお迎えすることすら難しい」


 河合さんのデータを見るに、捕獲に特化したパケモンもいないし、そもそもジムメダルもまだ3つしかない。

 ストーリーの序盤もいいところである。

 厳選するにはやや厳しいが、手持ちのパケモン次第では厳選も可能ではある。


「あ、あのぉ〜、色違いタトゥーのショコランをあたしにくれるっていうのはダメ?」

「もちろん嫌です。このショコランお迎えするのに5時間掛かったんですから」

「ご、5時間?!」


 河合さんは掛かった時間を聞いて驚愕きょうがくしているが、これでも運の良い方である事知らないようである。


 他の個体なら色々準備すれば30分程で捕まえる事もできたりはするが、沼ると地獄である。

 5時間で色違いタトゥーのショコランをゲット出来たことを考えると運の良い方だと言える。


 ……まあ、辛かったけどな。


「それに、協力はするとは言いましたが、僕は河合さんに魚を与えるのではなく魚の取り方を教えるだえです」

「ん? 魚? 魚パケモンの事? 別に魚パケモンはそんなに欲しい子はいないけど?」

「違いますよ……」


 今後において、河合さんに河合さんの欲しいパケモンをあげる事はただ甘やかす事にしかならない。

 そうなれば僕は今後も河合さんに欲しいパケモンをねだられる事になりかねない。

 ということは僕のささやかな高校生活を送れなくなってしまう。


 だからこそ河合さんには自分で欲しいパケモンをお迎えできるだけのパケモントレーナーになってもらう。

 そうすれば僕に関わらなくても自分でどうにでもできるはずだ。


 だからさっさと自分で欲しいパケモンをお迎えできるようになってほしい。

 そして今後僕に関わらないでほしい。


「好きなんでしょ? ショコランが」

「うん。可愛いし」

「なら自分でお迎えして初めて意味があるとは思いませんか?」

「そう、だよねっ!!」


 そう言って河合さんはとても楽しそうに笑った。

 良くも悪くも純粋なのだろうと思った。

 わざわざ手紙を書いてまでやりたかった事。

 そう思うとあの時握り潰してしまったことを反省した。


 まあ、幸いにもテキトーな言い訳で手紙を貰った日に待ち合わせ場所に行かなかった事はそれ以上言及されることはなかったし、まあいいか。

 さっさと終わらせよう。




 てか、もうひとつの方のデータ見られなくて良かった……。

 そっちの方は推しのサーニャイトに「嫁」って名前付けてたりとかニャンフィヤに「愛娘」って付けるから、見られたらやばかった……。





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