冒険者たちの休息

 アレスタとその仲間は、十階層の休憩所にいた。


 休憩所は各階層に存在する。長い歴史のなかで冒険者と迷宮師で作り上げたものだ。


 魔物が出現しない区画に小屋を作り、そこに地下水などを引く。聖職者による念入りな魔除けが施されているほか、魔術師による壁面の強化が施されている。


 冒険者たちはみな、その場所のありがたみを感じながらも、そこにかつての冒険者たちの影を見て自分たちがまだ未開の地に到達していないことを思い知るのであった。


「いよいよ次の階層の近くまで来たみたいだね」


 休憩所に置かれた簡易的な椅子に座ったアレスタが言った。


 仲間で食事を終えたところだった。


「ええ、長かったわ。次の階層まで行けば、現状のギルドじゃ一番先に進んだことになるってわけよね。報奨金もさらに上がるって聞くし、楽しみね」


 ミシャルナが笑いをこらえきれない様子で言う。


「いや、さすがだよあんたたちは。あたしもいろんなパーティーを見てきたけどさ。紋章術師と拳聖士の組み合わせでここまでくる奴なんて聞いたことがない」


 テトラが頷く。


「迷宮の専門家からそういわれるのは光栄だね。君から見て、この先も行けると思うかい?」


 アレスタが笑顔で聞く。


「さあね。あたしも知識はあるが、この先どうこうするのは初めてだからさ。ダンジョンじゃ絶対って言葉話使わないようにしてるんだ」


「ちょっと目算くらい言ってくれたらいいのに、魔物が急に強くなってボロボロで逃げ帰るなんて嫌よ」


 ミシャルナがため息をつく。


「いや、こればっかりはあたしにゃ断言することはできない。ダンジョンってのはそういうもんさ。先が怖かったら引き返すこともできるしな」


 そう言ってテトラは休憩所の奥の扉に目をやる。


「ううむ」


 サイドウは先ほどから不満げな顔をしている。


「どうした?」


 アレスタが聞く。


「いや、その移動魔術式というものだがな。どうも納得できん」


「あーあ、また始まった」


 ミシャルナがうんざりした表情をする。


 サイドウが言っているのは、休憩所に設置された移動術式のことだ。魔素が溢れるダンジョン内部でしか使用できない特別な魔術で、地面に描かれた円形の紋様の中心に立つことで、決まった場所に瞬間的に移動できる。


「しかしどう考えてもおかしいだろう。地上での長距離移動など誰も成し遂げておらん。にもかかわらず、ここでは地下階層から地上まで一瞬で移動できる魔術式が設置されている。こんな気味の悪い場所を世の冒険者はなぜ疑問に思わんのだ」


「確かにそうだ」


 テトラが神妙な顔で頷く。


「ダンジョンが魔術師たちに見つかってから、多くの人間が研究をしたが、結局は何もわからなかった。ま、そんなところが人の心を掴んで離さないんだろうけどね。地上に存在しない魔物は出る、一度発動した罠がいつの間に発動前に戻ってる、なんてこんなことはざらだ。だからこそ、あたしたちのような存在が求められる。そんなあたしたちでさえ、ダンジョンのことはわからない」


「あなたほどの専門家でもそうなのね」


 興味津々で聞くのはミシャルナだ。


「ああ、あたしたち迷宮師はダンジョンに関するいろんな知識を蓄えてはいるが、肝心の、なぜそこにあるのか、どのような原理で、何の目的で動いているのかはわからない」


「そのような不安定なものに、冒険者も、果ては国ですら依存している。私はそのような状況を憂いておるのだ」


 サイドウが吐き捨てるように言った。


「いいじゃない。そこに深く潜ればお金がもらえる。それ以上に考えることなんてないと思うけど」


 再びミシャルナとサイドウの言い争いが始まろうとしたとき、


「ぼくはさ……」


 アレスタがつぶやいた。彼が口を開くとき、周りの人々が彼の言葉を聞かなければならない不思議な力を彼は持っていた。


「ダンジョンという場所があって良かったと思っているよ。王都と周辺国のおかげで、この世界の陸地の多くが解明された今、ダンジョンだけは未開の地のままだ。それってとってもわくわくするじゃないか。まだだれも見たことのない場所が、目指すべき場所があるというのは素晴らしいことだよ」


 アレスタの言葉をかみしめるように、皆が黙った。


「なあ、あんたらは何でダンジョンに潜るんだ?」


 沈黙を破ったのはテトラだった。

 

「どういうことだ?」


 サイドウが聞く。


「迷宮師としての興味さ。ある程度階層が進んだパーティーには聞くようにしてるんでね。金だったり名誉だったりさまざまだが、皆、何か個人的な目的があるもんだからね」


「私はこの世を見定めるためだ。魔物を倒すのはわれらの使命。さらにここであれば自らを鍛え上げることができるうえ、世界の謎に近づける予感がある」


 胸を張るサイドウに、


「聖職者にしちゃずいぶん個人的なことよね」


 ミシャルナが意地悪く言う。


「なんだと? では貴様はなんだ」


「あたしはわかりやすくお金よ。名誉なんて紋章術師を選んだ時点でないようなもんだけど、金があれば自由になれるからね」


「ふん。俗物的な考えだな」


「それで結構。高邁な精神を持って冒険者をやってるのがおかしいのよ」


「あんたは?」


 テトラは二人のことを無視してアレスタに話を振る。


「ぼくはこの二人のような強い願いはないかもしれない」


 やはりここでも、その場の皆が彼の言葉に耳を傾けた。


「ぼくは父が冒険者でね。夢半ばで諦めてしまったんだ。ぼくは父を尊敬していて、その夢の先を見てみたい、そう思ってるだけなんだ。その上で、一緒に戦う仲間が自分の目的であったり、お金であったりを手に入れてくれるのなら、良いと思う。それに……」


「それに?」


 テトラが促す。


「故郷の村で約束した友人がいるんだ。どっちがすごい冒険者になるか競争しようってね」


「ふうん、その友人ってのは今ギルドに入っているのかい?」


「分からない。まだ、ギルドで会ったことはないけれど、すごいやつさ。もしかしたら明日にでもダンジョンを登り出すかもしれない」


「あんたが認めるって相当な実力者よね。だったら、名が聞こえてきそうなもんだけど」


 ミシャルナが聞く。


「そうだね。でも、ぼくの方が先に王都に来たから、まだ、力を蓄えているのか、皆に見つかっていないだけかもしれない。近いうちに、ぼくらを追い越すようになるかもね」


 アレスタが答えると、テトラは笑顔を浮かべ、


「うん。良いね。あんたら。一人ひとり明確な目標がある。それだけじゃなくて、目的は別なのにまとまりがある。もしかしたら、さらに上に行けるかもね」


 と言った。


「断言はしないんじゃなかった?」


 ミシャルナが首を傾げる。


「これは迷宮師としてではなく、個人的な感想さ。あてにしてもらっちゃ困るけどね」


「ふん。人に保証してもらうまでもない。自らの力を試すまでだ」


 サイドウは憮然とした態度で言う。


「テトラ、ありがとう。それだけぼくたちのことを評価してくれてるってことだね。さあ、そろそろ準備を始めようか。いよいよ次の階層の門番だ。気を抜かないようにね」


 アレスタが立ち上がった。


「そうね」


「おう!」


「期待してるよ。あたしも全力でやるからさ」


 三人が威勢よく答えて立ち上がる。


 アレスタのパーティーがまた一つ結束を深めた瞬間だった。

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