孤独な攻略
「ダンジョンってのはおかしな場所だ」
バルトは独り言をつぶやきながら、石の壁に覆われたダンジョンを進む。
「魔物ってのは、普通切ると死骸になるんだよな。でもここじゃ砂みたいに崩れて消えちまう。地上じゃ魔物はつがいになるらしいし、動物と同じように増える。もちろん例外もあるが。だがここは違う。まったく何にもない場所から魔物が湧いてくる」
その時、巨大なトカゲ「バジリスク」が現れ、バルトに向かって突進してくる。
バルトは片手でバジリスク突進を止め、上顎と下顎をつかんで引き裂く。魔物は砂のように消えたが、この時バルトの表情は一切変わらない。
彼の手には魔石が握られている。
「よくわからないんだよな。魔物を倒せば魔石を落とすってのも、まるで誰かが作ったみたいな話だ。それがこのダンジョンだけならばまだしも、王都から離れた地方のダンジョンも構成は多少違うらしいが、魔石が出るのは同じなんだよな。なんだよこれ」
バルトは魔石を投げ捨てる。
冒険者であればだれもが欲しがる魔石を彼はまるでゴミのように捨てた。
バルトは大股で床を踏みしめさらに先へと向かう。いくつもの別れ道が見えても、彼は迷うことなく一直線に進み続けた。
やがて、彼は行き止まりにたどり着く。
待ち受けてでもいたように獅子の体に翼の生えた「キメラ」が姿を現す。
キメラは口を大きく開けると、そこから炎が巻き起こった。
だが、バルトは止まらなかった。
立ち止まることはもちろん、走ることもしなかった。
彼はキメラの炎を浴びながら、それでも前へと進み、キメラの目の前に立つと、獅子の首を両手でつかみ、振り返りながらその巨体を地面にたたきつけた。
うめき声を上げるキメラに対し、バルトは剣を抜き、地面に向かって刺し貫いた。
「なんか、魔石でおれたちを釣って、ダンジョンに潜らせようとしてるとしか思えないんだよな。確かに魔石がなけりゃ魔術師なんてやってられんと聞くし、必要なもんなんだろうが、あまりにも都合がよすぎねえか? なあ?」
キメラに話しかけるように下を向いたが、魔物はすでにその原型を残してはいなかった。
「お前に聞いてもわからんか」
バルトは地面から剣を抜くと、再び来た道を戻り始めた。
◆ ◆ ◆ ◆
ギルドで認可証がもらえないとわかると、バルトはすぐにダンジョンへと向かった。
当然入り口の衛兵に止められたが、彼は力づくで黙らせた。
そして今、彼はダンジョンの五階層に居る。
迷宮に踏み入れたばかりには、衛兵を痛めつけたことに対する罪悪感が彼を満たしていたが先を進むにつれて何も感じなくなっていた。
魔物と戦うたびに彼の力は強くなり、同時に、不安定な兆候を見せはじめた。思考をそのまま垂れ流すような独り言も増え、時折、遠くを見て呆然とすることが増えた。
「冒険者ってのはダンジョンがあるから必要なんだよな。魔石が欲しいから王都が金を出し、金を求めて俺たちはダンジョンに潜る。細かい依頼をこなすのも、すべてはダンジョンに入るためだ。つまり、おれたち冒険者とダンジョンは持ちつ持たれつ、切っても切り離せない関係というわけだな」
ふいに、バルトが立ち止まる。
黒い兜の口元だけを見せたかと思うと、ひどく咳き込み始めた。彼の口から血が溢れ、床が血だまりとなる。
バルトは背負った大きな袋から緑色に淡い光を放つ瓶を取り出した。
彼はなかの液体を一気に飲み干し、瓶を地面に投げつける。
ガラスの瓶が割れ、破片が散らばる。
「ダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンダンジョンうるせえなあ!」
バルトの叫びはダンジョンの静寂に飲み込まれて消える。
彼は口元を戻し、再び歩き出した。
「冒険者ってのはそんなもんかよ。困っている人間の依頼を受けて、解決するのが冒険者ってもんだろうが。ダンジョンに入ることが目的になってるじゃねえか。結局俺らなんて、王都の貴族連中に利用されてるだけじゃねえか。下らねえ」
そしてまた、ぶつぶつと独り言をつぶやいていく。
力が強くなればなるほど、彼の内部が崩れていることをバルトは感じていた。
だが、バルトは止まることはなかった。
彼は自身が精神に異常をきたしていることを知っていた。それが、力の反動である可能性にも気づいていた。
自分は長くはない。
であれば、急いで目的を達成しなければならない。
そのために、彼はたった一人でダンジョンに侵入した。
本来であれば、ともに戦う仲間、そしてダンジョンの構造を理解している迷宮師の存在が必須だが、仲間を集める時間などなかった。そもそも認可証なしで侵入するなどということに乗る冒険者はないるはずもないのだが。
次第に、思考がぼやけていることを感じる。
まっすぐ進むだけで次の階層に進めるわけがないと分かっていても、同じやり方を繰り返すことしかできない。
思考力は限りなく低下し、口から流れ出る言葉で、何とか自分というものを保っていた。彼は大切なものと引き換えに、常人離れした筋力と鋭敏な感覚を手に入れていたのだ。
バルト彼の前に、キメラの群れが現れる。
バルトは剣を抜き、構える。剣はすでに、数十匹の魔物を切り捨てたにもかかわらず、依然としてその輝きを維持していた。
キメラがこちらの様子をうかがっている間に、彼は袋から先ほどの瓶を取り出し、再び一口で飲み切った。
一人でダンジョンを攻略するために買い込んだ回復薬だが、ここまで来て外傷は一切受けていない。内部からの崩壊を止めるためだけに、彼は液体を口に流し込んでいた。
キメラが吠え、彼にとびかかってくる。
バルトは瓶を投げ捨て、剣を構えた。
先頭の五体ほどを横なぎで切り捨てると、第二陣、三陣が一気に襲い掛かる。
まるで雑草でも刈り取るようにまとめて切り伏せ、予想外の角度からの攻撃は拳で殴りつける。彼は結局、一歩もその場を動くことがなかった。
キメラの群れは地面に吸い込まれるようにして消え、そこにはただ、妖しく光る魔石ばかりが転がっていた。
「これはおれが強くなったからなのか? それともダンジョンの魔物が特別弱いのか? まあ弱いわけはねえよな。弱かったら誰もダンジョンに入るのを止めねえし、あいつだってダンジョンを目指さねえ。なあ? なんでダンジョンなんだよ。そんなに金と名声が欲しかったのかよ? おれは冒険者ってのは、もっと目指しがいがあるもんだと思ってたぜ。それが、いざギルドに入ってみりゃあ、金にしか興味ないやつばかりじゃねえか。お前から聞いてた冒険者ってのは、魔物から人々を守る英雄だっただろう……」
バルトは再び兜の口元をあけ、血を吐いた。
袋から回復瓶を取り出し、一息で飲み干した。痛みがわずかに和らぐ。
バルトの心に不安がよぎる。
これではアレスタに合う前に、体が崩壊してしまうかもしれない。
疲労とは違っただるさ。茫洋とした痛みが、全身に広がっている。それは、回復薬をいくら飲んでも治ることはなかった。
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