迷宮踏破を目指す者

 そこはダンジョンの十階層。


 アレスタ率いるパーティーがさらに深い階層を目指して進んでいた。


 ――ダンジョン。 


 それは冒険者にとって、一つの目標であり、憧れの象徴だった。


 選ばれた者だけが足を踏み入れることが許される迷宮。


 冒険者がたどり着く栄光の到達点のひとつ。


 迷宮で得られる魔石は高額で取引され、より深い階層であればあるほど高価になる。


 得られるのは金銭だけではない。


 王都から認められ、特に優秀であった冒険者には爵位まで与えられるのだという。


 冒険者は皆、魔物討伐の依頼を受けて実績を積み上げながら、いつかダンジョンを開拓する夢を見ている。だれもがダンジョンの深層を目指し、その栄誉を手に入れる者がいる一方、夢破れて命を落とすものが後を絶たなかった。


 魔力を秘めたダンジョンは、意志を持つかのように、時折形を変え、人を惑わせる。


 だからこそ冒険者はそこに生きがいを感じる。魔力の影響を受けた魔物は地上のものよりも手ごわく、生半可な力では踏破することができなかった。


 ダンジョンの内部は通路や広い空間、あらゆる場所に魔力回路が張り巡らされているため、絶え間なく光が注がれている。


 その原資となる魔力の源は? 


 ダンジョンに発生する魔物はどうやって生まれている?


 それは誰にもわからない。


 一説には、異界の一部が現世に漏れ出したことにより生まれたものだとされているが、それもまた推測にしかすぎず、何者かが介入したかのような精緻なシステムを有する理由を説明できるものは居なかった。


 ダンジョン攻略組のなかで、現時点で最も先へ進んでいるのは、アレスタをリーダーとするパーティーだ。


 剣士のアレスタ、拳聖士のサイドウ、紋章師のミシャルナ、迷宮師のテトラの四人で十階層を進んでいる。


「しかし、何度か来ておるが、ダンジョンというものは気味が悪いな」


 聖職者の服を着た大男、サイドウがつぶやいた。


「嫌いかい?」


 先を行くアレスタが振り返った。


 こちらはすらりとした剣士のいでたちで、念入りに手入れされた鋼の鎧を身に着け、剣を腰に下げていた。


「ああ、良い気分ではないな」


 サイドウは彼らにとってはお馴染みの渋い顔で応えた。


「それにしちゃ、あんたらの手際はなかなかのもんだけどね」

 

 テトラが言う。


 テトラは髪の短い小柄な女性で、動きやすい服装だが、収納用の小型鞄をいくつも身に着けていた。


「これも仕事だからな」


 サイドウが答える。


「って言っても、本当は魔物と戦うのに生きがい感じちゃったりしてんでしょ? ダンジョン入るといっつも愚痴言ってるけどさ」


 ミシャルナが口を挟む。


 ミシャルナ髪は長く、露出度の高い服を着ている。踊り子が着るドレスと言ったところだろうか。しかしそれにしては黒を基調とした生地は地味にも感じられる。


 どちらにせよ、今彼らがいる場所に似つかわしい格好ではない。


「ふん。私自身がをどう思うかではない。この場所が神の摂理に反していると言っておるのだ」


 サイドウが顔をさらにしかめた。


「神の僕にしちゃあ随分と血気盛んだけどね」


 テトラもミシャルナの言葉に乗っかった。


「そう思われるのは心外だな。私は神の導きに従っているまでだ」


 サイドウが二人をにらみつける。


「テトラ。あの人に何言っても無駄よ。自分の欲と神の御意志をごっちゃにしてるんだから」


 ミシャルナはニヤニヤした表情を崩さなかった。


「言っておれ」


「まあまあ、なんにせよ。ぼくたちの目標はひとつなんだ。楽しくやろうじゃないか」


 そこにすかさずアレスタが仲裁に入る。これが彼らパーティーのいつもの流れだった。


◆    ◆    ◆    ◆


「おっと魔物だ」


 テトラは魔物の探知に長けている。アレスタのパーティーに入ったばかりの新参者だ。ダンジョンの仕組みに詳しい。


 人は彼女のことを迷宮師と呼ぶ。


 その由来は、王都成立以前からダンジョン周辺に住む現地人で、かつてはダンジョンから得られる物資で生計を立てていた。冒険者ギルドが定着するにつれ職業として認められ、ダンジョンの探索にはなくてはならない存在となっている。


 一族の秘伝のような技術と思われることも多いが、ギルドのような制度を有しており、正規の手続きを踏み、経験を積めば迷宮師を名乗ることもできる。


「サイドウ、ミシャルナ、準備を頼む」


 アレスタが言う。


「承知した」


 するとサイドウが両手の拳を合わせ祈りを開始し、仲間に加護を施す。


 サイドウの姿は一見聖職者のように見え、実際にそうなのだが、祈りとともに広げた両腕が見えた時、拳を覆う鉄の塊が異彩を放っていた。


 彼は聖職者のなかでも特異な拳聖士と呼ばれる存在であり、神の加護を受けた癒しの御業と格闘能力を持っていた。


 拳聖士は修行の一環として武を極める者たちの総称で、教会から独立した一派だ。彼らは神に祈りとともに自己を鍛え、魔物を滅する。組織などに所属しないことが特徴であり、冒険者に彼らの姿を見ることはまれだ。


「あんまり強くないのが良いのよねえ」


 露出度の高い服を着たミシャルナが目を閉じる。すると、皮膚に文様が浮かび上がる。


 彼女の役割は炎による全体攻撃。しかし彼女は魔術師ではない。魔術学院から外れた一派が作り上げた流派ひとつ、紋章術師だ。


 紋章術師は自身の体に特殊な紋様を刻み込み、魔術と同様の効果を発動させる。使える術は限られるが、即時発動が可能で詠唱の必要がない点が魔術師と大きな違いだ。体に文様を刻む苦痛は想像を絶するものであると噂されているが、その詳細は謎に包まれている。


「さあ来い!」


 アレスタが大声でパーティーを鼓舞する。


 そして彼こそが、現在、王都のギルドで注目を集める新鋭の剣士アレスタだった。彼自身の剣技もさることながら、仲間をまとめ上げる統率力が評価されていた。王都が認定する教会や魔術学院に所属していない拳聖士と紋章術師を引き連れているのがその証拠だ。


 冒険者ギルドの歴史でも、その組み合わせは前代未聞だった。


 半年前へのダンジョンに侵入許可を得て、数日で五階層を突破。彼らは今最も勢いがある冒険者と評価されていた。


 暗闇から姿をのぞかせたのは、シャドーゲイザーと呼ばれる浮遊型の魔物であった。闇を纏うその姿には実体がなく、対処法を知らなければ一太刀すら浴びせかけることもできない。


 現れたのは三体。それらが一斉に彼らに襲い掛かってきた。


「ありゃあサイドウの出番だな。実体を持たないから武器を力で覆う必要がある」


 テトラが言う。


「あいわかった」


 サイドウが答え、魔物の集団に飛び込む。


「ミシャルナ! ぼくらがあいつらを誘導する!」


 アレスタが言い、サイドウに続いて駈け出した。


「炎で行ける?」


 ミシャルナがテトラに聞く。


「問題ない」


 テトラが答えた瞬間。ミシャルナの腕の紋章術が光を放った。


「うおおおおお!」


 一方サイドウとアレスタは魔物の群れに飛び込んでいた。


 サイドウの拳が光を放ち、魔物の一体を殴りつける。その動きに合わせてアレスタが別の一体を切りつける。


 加護を受けた二人の拳と剣は、実体のない魔物ですら軽く切り裂く。


 ダンジョンでは魔術・加護の効果が倍加するとされ、もともと身体能力の高い人間に加護を施せば、上位の魔物と十分に対抗できる力を得ることができる。


 これもまた、ダンジョンの不思議のひとつであった。


 残り一体が、アレスタの背後を狙って近づいた時、テトラが動いた。


「皆! 気をつけて!」


 体に身に着けた鞄の中から魔術結晶を取り出して投げつける。


 周囲に広がる閃光。


 その瞬間だけ目を閉じ、片腕で顔を庇っていたアレスタとサイドウが動く。


 魔物たちはひるみ、彼らの姿を見失っていた。その隙に二人は攻撃を繰り出しながらも魔物たちの動きを誘導し、一カ所に集めた。


「行くよ!」


 その声を受けて、アレスタとサイドウが魔物たちから距離をとる。


 ミシャルナの体に蓄積された魔素が爆発する。


 魔物たちの中心に炎の渦化巻き起こり、苦しみのうめき声をあげる。魔物たちは砂のように消え、光る石のようなものを残す。


「他愛もない」


 サイドウが服を払いながら言う。


「十階だし、もっと歯ごたえがあるかと思った」


 ミシャルナは安堵の表情を浮かべていた。


「まあ、あんたたちの実力ならこんなもんだろう」


 テトラはニヤリと笑った。


 アレスタは魔物の居た場所まで歩き、そこで、魔石を拾い上げる。


「ぼくらはまだ先に行けそうだな」


 歴代の冒険者のダンジョン最高到達点は第二十階層。彼らはその中間まで来ていた。

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