滅びゆく古城
そして、おれは古城があるという森にやってきた。
遠くには確かにさびれた城のてっぺんが見えている。
これで良かったのだろうか。
マレの顔が浮かぶ。
だがもう決めてしまったことだ。
宝があろうがなかろうが、関係はなかった。ルークから金をもらえることすらもどうだっていい。
おれは自分を変えたかった。
人から盗む生活をやめ、新しい人生を歩んでみたかった。
おれは過去を振り返る。
おれにあったのは貴族への怒りだった。
だが、それは長い時間をかけて今では薄まっている。
盗むを繰り返す中で思ったのは、貴族の多くは自分の富に関して、それが増えるとか減るとか、そんなことしか考えていない。あいつらは自分たち以外の富を持たない人種がいることを考えたりはしないし、わかろうともしない。あいつらはまったく別の生き物なのだ。
おれがいくら怒りを燃やしたところで、あいつらに絶対届くことはない。
おれは貴族に関わることに飽きた。いくら宝石を盗んでも気は晴れず。虚しさばかりが増していく。すべては無駄なんだ。だからやめる。つまりはそういうことだ。
おれは城で宝を探した後のことを考える。
ルークが金を出さなかったら? 宝もなく、金ももらえなければどうする?
それでもおれは盗みをやめる。
王都を出て、新しい職を見つける。
マレが言うように、おれは壁を抜ける力に頼って生きてきた。だが、もしも普通に生きることができるなら、おれは自分の力を捨てる。一生使えなくても構わない。
とにかくすべてを捨てて一から始めたかった。
この城に来たのは区切りをつけるためのものだった。
森に足を踏み入れる。
陰気でじめじめした森だった。城は見えていたから迷うことはないが、ひどく心細かった。
ぎゃあぎゃあと聞いたことのない声が聞こえる。
おそらくルークの言っていた魔物たちの鳴き声だろう。
しかしおれは、魔物のために鎧や長剣を身に着けるような準備はしてこなかった。おれには力があり、この数年で培った技術に対する自信があったからだ。
ギッ、
魔物の気配がする。
長年盗みを繰り返したおれは、音に対する感度が異常に高まっていた。近くの茂みが揺れ、そこから魔物が飛び出してくる。おそらく、ゴブリンというやつだ。本で読んだことがある。
おれは軽く身を引き、ゴブリンの爪を躱した。
大丈夫だ。この程度の動きならば躱せる。
おれは体勢を立て直し、腰に差していたナイフを抜く。だが、すぐには攻撃しない。正面切って戦えるほど、おれは自分が強くないことを知っている。
おれは足音を殺しながら、ゆらりと移動する。
ゴブリンがおれを追いかけ、再び飛びかかろうとする。
おれはそこで、木に潜った。視界が遮断され、暗闇になるが、慌てることはい。木の太さと形状を推察し、自らの体が隠れる態勢を瞬時に把握する。これも長く壁を通り抜けた技術のたまものだった。
暗闇の中で視界が失われても、方向さえつかんでいれば移動はできる。
これも盗みで学んだことだ。
木から顔の表面だけを出し、相手の様子を確認する。ゴブリンはおれを見失い、きょろきょろとあたりをうかがっている。
木の横を通り過ぎようとしたとき、おれは木から腕だけを突き出し、ナイフでゴブリンの首元を切りつけた。
首から紫の液体がふき出す。さすがに肉は固いが、首をやられて無事な生き物などいない。
グエエ!!
首を抑え、地面を転がりながら地面で苦しむゴブリン。
おれはその音が途切れることを確認して、木の外に出た。
上々だ。
これであれば、どのような魔物が出てきたところで命の危険はないはずだ。もしも、凶暴な魔物が現れたとしても、隠れる場所さえあれば、どうにかすることは出来るはずだ。
「ふう」
おれは息を吐き、ナイフの血をぬぐって腰に差した。
これなら冒険者にもなれそうだな。
城までの道は長い。おれは集中力を研ぎらせないように先を急いだ。ゴブリンの相手をしたことで、おれに残ったわずかな迷いも消えていた。
おれは城の宝を探し、そして盗みをやめる。おれは改めて決意を固めた。
◆ ◆ ◆ ◆
城にたどり着くまで、数匹のゴブリンと戦ったが、すべてにおいて、おれのナイフによりたやすく死んだ。幸いなことに強力な魔物には出会わなかった。神がおれに味方をしてくれているのだろうか?
古城の入り口は巨大な扉が壊れて人ひとりの手では開けられないような状態になっていた。
だが、おれには関係がない。
ゴブリンとの戦いで、準備運動は済ませてある。立ち止まることなく傾いた鉄製の扉を通過する。
城のなかはひどく薄暗かった。
おれは持ってきていた、たいまつと着火剤を取り出して、明かりを確保する。廊下は天井から崩れた岩でまともに歩ける状況ではなかったが、これもおれには関係なかった。
地面さえしっかりしていれば、おれの体はあらゆるものを通過する。
おれは足元を気にすることなく悠然と歩き続けた。
城の中央の広間に出た。
正面には二階に続く大きな階段がある。これほどの地位を持っていたとしても、政変でたやすく滅びてしまう、それが貴族というものだった。
おれはしばらく広間に立ち、この城のかつての姿を思った。
得た地位、積み上げた富にいったい何の価値があるというのだろう。
それはおれがかつていた村の作物と同じことではないのだろうか。
おれは首を振る。
違う。そんなことを考えている場合ではない。
おれはなんのためにここにきたと思っている。城を見て回ることではない。この城にあると言われる宝を探しに来たのだ。
おれはさらに城の奥へと進んだ。
貴族の屋敷は自信があるが、城の構造はさっぱりわからない。
宝とやらがあるとすれば、二階の分かりやすい場所ではなく、一階部屋の床下か、あるとすれば地下の部屋だろう。おれはひとまず一階を見て回ることにした。
通路にある部屋は、扉が開け放たれているか、それか扉が斜めになり外れかかっていた。一応中を覗き込んでみるが、金目のものは見当たらなかった。当然のことではあるが、表に出されているもので高価なものは城が明け渡されたときに接収されてしまったのだろう。一応、各部屋の床は叩いてみたが、下に空間がありそうな音はしなかった。
ひんやりとした空気、ここではどれほどの人間が暮らしていたのだろうか。
おれは何度か部屋を確認し、廊下を移動することを繰り返した。そこでようやく、珍しく扉のしっかりした部屋を見つけた。
珍しいこともあるものだと思った。
把手を引いて中を覗く。
基本的には他の部屋と同じだが、どこかおかしい。
おかしいことだけはわかるが、それが何なのかは説明できなかった。瓦礫やものが乱雑に散らばっているのは他の部屋と同じだ。しかし、どこかきれいな気がする。そもそも、なぜほかの扉が完全に破壊されているに、ここまできれいな状態で無事な扉があるのだろうか。
物音が、後方からした。
まずい、と思った時には遅かった。
振り向いたおれの頭に向かって、こん棒らしき木の塊が迫っていた。
おれはそれを抜けることができるはずだった。
だが、間に合わなかった。
脳天を貫く激痛がおれを襲う。
意識を失う時、薄暗い部屋の中で見たのは、ガナンの顔であった。
どうやらすべては罠であったらしい。
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