才能の呪い

 おれは組織を抜けることにした。


 ルークの話をそのまま信じたわけではない。


 城には何もないかもしれないし、あいつからもらえる報酬だって怪しいものだ。それでも、これは良いきっかけだと思った。コソ泥から足を洗い、まともな仕事を手に入れる。そりゃあまあ、急に堅気の仕事に戻るってのは相当に苦労するかもしれないが、自分にとって必要のない盗みをすることがもう嫌になってしまっていた。


 組織を抜ける前にやることがあった。


 おれはすぐさま行動を起こす。待ってなど居られなかった。


 食事をした場所とかつて連れ込まれた地下室へ向かう道中の感覚を思い出す。


 貴族の屋敷をあらかた見て回ったおれは王都の地理に精通していた。まさかあいつが裏路地のさびれた場所に住んでいるわけもない。やつには貴族とのつながりがあり、そして、社交界でも一定の地位を得ている様子がうかがえる。


 だとすれば、貴族の居住区で、これまで入ったことのない屋敷のどこかにあいつがいるはずだった。


 おれは王都の地理のほかに、屋敷にも通じている。一目見れば、それがどんな構造なのかを把握することができる。やつが、貴族のような生活をするために、貴族と同じような屋敷を建てたとしても、それはおれにだけはわかるはずだった。


 その屋敷はすぐに見つかった。


 時刻は夜。ルークとの会話からちょうど一日が経っていた。


 敷地内にはごろつきは居ない。さすがに周囲の目を気にしているのだろう。


 壁を抜けて室内に入ると、やはり居た。見張りの大男が入り口付近の部屋に待機している。おれはそこで、自分の予想が正しいことを確信した。


 おれは廊下の壁に身を隠しながら奥に進む。

 

 おそらくそこには、あいつがいるはずだった。 


 部屋には明かりがついていた。


 おれは堂々と部屋に入る。


 そこでは、見るからに金のかかった椅子に座ったマレが、酒を飲んでいた。


 マレはおれが突然現れても驚くことはなかった。


「ミルコじゃないか。呼んでないのに来るとはね。寂しかったのかい?」


「驚かないのか?」


 マレはひどく酔っているようだった。


 虚ろな目でおれを見て、酒瓶をつかんで、そのままぐびぐびと飲んでいた。


 食事の最中にあった威厳はなく、疲れ切っているようにも見えた。


「あんたの技術を疑っちゃいないからさ。今までの仕事からしたら、ここに来れないわけがない。ただ、あたしのところに来る理由もないとは思っていたけどね。金は十分に渡してるし、あたしを脅すとか、殺すとかするような男にも見えない」


「ずいぶんと買ってくれてるんだな」


「それで何の用だい?」


「おれはここをやめる。もう十分働いただろう?」


「ふうん、それで、ここをやめてどうするんだい?」


「普通に働くさ。いくらか金はあるからな」


 そこでマレは大きく笑った。


「あんたがかい? やめときな! 一度この仕事に手を付けたら、抜け出せない。あたしと同じさ」


「……どういうことだ?」


 そこでさらに酒をあおった。マレの顔には薄い笑いが浮かんでいる。


「あたしだって、何度この家業をたたもうと思ったか知れない。でも駄目だった。あたしだけなら簡単に抜け出せたんだろうが、今はもう、何人もの手下や仕事仲間がいる。あいつらが、あたしがやめることを許さない。あたしがでなけりゃまとまらない仕事、あたしがいるからおとなしくしてる狂った手下、そんなのが山のようにある。手を引くには長く続けすぎた。前に堅気の仕事をやってみようと思ったことがあったけどね。結局それは本業に飲み込まれちまった。一度ついた汚れは落とすことが難しいもんだね」


「おれはあんたとは違う」


「いいや違わないね。あんたのその技術、他にどううまく使うってんだい。それともまともに食っていくだけの力でもあんのかい? やめてもまたどうせ戻ってくるさ」


「戻る気はない! おれは、もう人の金に手を付けたくないんだ」


 マレは薄笑いをやめ、鋭い眼光をおれに向ける。おれはたじろいだ。


「ふん、吠えたね。いいさ、あんたには借りがあるからね。実際、よく働いてくれたよ。あんたのおかげで上手くいった商談は数えきれない。単に宝石を盗むだけなら、あんたでなくてもいいかもしれないが、あんたの腕前は本物だからね。あれほど鮮やかな手口は他にない」


「力づくで引き留めるかと思ったが」


「そんなことはしない。あんたはどうせ戻ってくる。ただ、少なくともここじゃ仕事はさせないよ。あたしを通さないってんなら全力で潰してやる」


「おれには無理だってのか」


「その通り、戻ってきたら笑顔で迎え入れてやるよ」


「もうここには戻らない」


「ああ、頑張りな。言うことはそれだけかい? だったら早く出ていきなよ。あんたは、あんただけは、あたしの気持ちを分かってくれると思ってたんだけれどね」


「おれは他人から金を巻き上げるような生き方をしてるやつのことはわからない」


「違うねえ。才能の話だよ。ま、それがわかるにゃまだ若すぎるか。良いから行きなよ。あんたに追っ手を出すような真似はしないからさ。あんたもどうせ組織のこと何も知らないだろ。あたしはその辺も完璧なんだよね。だからいやなんだ。あたしは裏で生きる才能に恵まれすぎてる」


 気だるげに手を振るマレにおれは背を向けた。


 いいさ、やってやる。お前らの思い通りになど、絶対になるものか。おれはそう決心した。

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