乱戦
村に到着したぼくたちの前には、凄惨な光景が広がっていた。村の建物からはいたるところで火が上がり、十数匹ものゴブリンたちが、野菜や家畜の肉を食い漁っていた。
村人の姿はない。襲われる前に逃げ出したのか、それとも……
「ヒルダ、トア、準備をしてくれ。一旦おれたちのところに注意を引く」
レマルが声を抑えて言う。
「本当にやるのね!? 勝算はあるの!?」
不安そうなヒルダの声。レマルは無言でうなずいた。
「村の人がまだ残っているかもしれません。出来る限りのことをやりましょう!」
ぼくは詠唱を開始した。
「やれるさ、おれたちの力を信じよう」
「もう! やればいいんでしょ!!」
そして、ヒルダも祈りを開始した
「おおおおおおおお!!!」
レマルが吠え、ゴブリンの群れに駆け出していく。その後ろに、ぼくとヒルダが続いた。
ゴブリンたちはこちらに気づき、奇声を上げた。そして、一斉にこちらに向かって襲い掛かってきた。
レマルは強かった。
走りながらゴブリンたちを一匹、また一匹と切り伏せていく。ぼくもその動きを邪魔しないように後方に控え、風の魔法で群れを吹き飛ばし、建物にたたきつけ、あるいは鋭い風の刃で切り裂いた。
一瞬で、五体ほどが倒され、ヒルダがレマルとぼくに神の加護を与える。動き回って消耗したぼくの体力が戻っていくのを感じる。この調子でいけば、どんな数で来られても負けることはない。ぼくたち三人は背中を合わせてかたまり、次の攻勢に備えた。
しかし、相手は動かない。距離をとり、集団でこちらの様子をうかがっている。
これはおかしい。
ゴブリンに知能があるといっても、一度統制が崩れてしまえば、ぼくたちでもたやすく倒せるはずであった。レマルもそう思っていただろう。だが、現実には、ゴブリンたちはこちらの様子をうかがうばかりで、まったく動こうとしないのだ。
「どういうことだ?」
レマルがつぶやく。
「なんであいつらは攻めてこないの?」
ヒルダも困惑していた。
これはゴブリンたちがこちらの出方をうかがっているということだろうか。しかし、ぼくが読んだ本のなかでは、凶暴かつ粗暴であり、力で相手をねじ伏せるような戦い方しかできないはずだった。そのような種族が、果たして相手の出方を待つなどということをするだろうか。
ぼくは群れの向こうに、ひときわ目立つ首飾りをつけたゴブリンを見た。ほかのゴブリンとは一線を画すほどの頭の大きさをしている。そして、頭の大きさを無視するにしても、その表情には、凶暴性とは別の、知性のようなものが垣間見えた。
まるで人間のようなしぐさで、椅子に座り、頭をもたげているのも、ほかの個体とは明らかに違う点だった。こちらの力量を図り、次の手を打とうとしているような、そんな仕草だった。
「あれはもしかすると、特異個体かもしれません」
ぼくは慎重に言葉を選ぶ。
「なんなのそれ?」
ヒルダが知らないのも当然だ。ぼくも自分が覚えていたことに驚いている。
「本で読んだことしかないのですが、ゴブリンにはまれに通常の何倍もの筋力を持つものであったり、知力、魔力を持つ特異な個体が生まれるらしいんです。それは非常に低い確率ではありますが、ゴブリン自体の数が多いので、報告数も多いと聞いています。これは、もしかすると……」
「あのゴブリンのなかに頭のいい奴がいるってことだな」
レマルが苦々しくつぶやく。
「そういうことです」
「確かに、これまで戦ってきたやつらよりも動きに連携が取れている」
「正面中央に装飾をつけたゴブリンがいると思いますが、おそらくあいつです。あれは自分が自分であるという主張の表れです。自我を持ち、他のゴブリンを統制する。知性がなければ不可能です。おそらく知能が高いタイプの特異個体でしょう。とてもやっかいです」
その時、特異個体が椅子に座ったまま片手をあげ、何かを命じた。
「キエエエエエエエ!!!」
ゴブリンたちの奇声が耳をつんざき、反応ができなかった。
道の両側にある建物の上から、一斉に十数匹ものゴブリンが躍りかかっていた。
「トア!!」
ぼくは最小限の呪文から、風による壁を生み出し、上空の攻撃を退けた。
――が。
その隙をゴブリンたちは見逃さなかった。ぼくたちが上空に気を取られているうちに、地を這うように二体のゴブリンが襲い掛かる。
「風よ!」
ぼくの反応は間に合った。風を圧縮し、一体を吹き飛ばせるほどの最小限の風をゴブリンの一体に放った。だが、相手の狙いはもう一方の後衛、ヒルダだった。
「きゃあ!!」
ヒルダに向かって、人間から奪い取ったと思われる刃物が迫る。ゴブリンはヒルダの首もとを狙って地面から跳ね上がる。
それを――
「レマル!?」
レマルはヒルダへの一撃を体でかばった。背中の肩あたりに刃物がめり込んでいた。レマルは呻き、膝を落としかけるが、左手に剣を持ち換えて襲い掛かったゴブリンの首を切り裂く。
痙攣を起こしながら、地面でもがくゴブリン。
だが、レマルは無事では済まなかった。
致命傷は免れたものの、レマルの方に深く刺さった刃は、彼の利き腕を使用不能にしていた。
ヒルダは、痛みに呻くレマルに駆け寄る。
ゴブリンたちはさらに追撃する。特異個体の号令とともに、叫び声をあげながら突進してきていた。ぼくが吹き飛ばしたゴブリンも立ち上がり、こちらに向かおうとしている。
ぼくは残りの魔力のことなど考えず、今現状できる最大の魔術の詠唱を開始する。
“大気、対流、上昇、下降。揺らめきのなかで惑え。回転、上昇。風は混沌を生み、すべてを破壊する”
間に合う保証はない。だが、それしか思いつかなかった。
濁流のように迫るゴブリンたちが、ぼくたちに襲い掛かる。
そして――
「荒れ狂う強風よ! 破壊の力を示せ!」
魔術が発動する。ぼくたち三人を中心として、周囲を暴風が荒れ狂う。
その間に、ぼくはレマルのもとへ駆け寄り、肩を貸す。
「今のうちに逃げましょう!!」
暴風の音でかき消されないよう、ヒルダに向かって全力で叫ぶ。ヒルダは強く頷き、ぼくらは村から離れた森に向かって走った。
◆ ◆ ◆ ◆
ぼくはレマルに肩を貸しながら、さらに森の奥へと進んだ。
「すまない。油断した」
レマルが苦しげに言う。
「とにかく今は逃げることを考えよう!」
「なんなのよ! ゴブリンは数匹だって言ってたのに!」
そういいながらも、ヒルダは冷静に対処した。ぼくたち二人の先を歩き、巨木の根で囲われた暗がりの隠れ場所を見つけた。ぼくたちはそこに潜り込み、レマルの体を寝かせた。
ぼくの体が血に濡れている。レマルの傷は深いようだった。ヒルダが見たこともない不安な顔で、傷に手を当て、治療の祈りを捧げている。
「二人は逃げろ。おれは血を流しすぎた。匂いをたどってすぐにでも見つかってしまうだろう」
「そんなことできるわけがないでしょ! 黙ってて、あたしがすぐに治してあげる」
ぼくは二人の姿を見て、何かしなければならないと思った。いずれここは見つかる。それはレマルの言うとおりだ。だからと言って、この状況では、三人で逃げ切ることはできない。
「トア、すまないね。初めての依頼で、まさかこんなことになるなんて……」
「いいから黙ってて!」
ヒルダは冷静を装ってはいるけれど、焦っているのは明白だった。
ぼくは何も言わずに立ち上がった。
「トア?」
レマルがぼくの顔を見る。ぼくは頷いた。彼は何か言おうとして口をつぐんだ。
「ぼくがゴブリンを引き付ける。だから二人はここで隠れていてほしい。あいつらを撒いてから、またここに戻ってくる」
「なに言ってるの! そんなことできるわけ……!」
言いつのろうとするヒルダの腕にレマルが手を置き、
「頼んだ」
とだけ言った。
「必ず戻ってくるよ」
ぼくはそう言って、隠れ場所から飛び出した。
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