ゴブリンとの戦闘

「二人はどうして冒険者に?」


 二人のことをもっと知りたいと思い、ぼくから切り出した。


「おれは……」


「あたしたちはねえ! 田舎から出たかったのよ。あそこには何にもなかったからね」


 レマルが答えようとしたところにヒルダが大きな声を出し、ぼくはびっくりしてしまった。


「おれはそうは思わないが……」


 驚いていたのはレマルも同じようで、困惑の表情を浮かべていた。


「あんた三男でしょ。あのまま家に居たって、親の手伝いさせられるか、さもなきゃ、別の家に働きに出されるかの二択でしょ。それで、あたし言ってやったのよ。それでいいのかって、そしたら、やる気があるみたいだったから、あたしはすぐに教会に入った。こんな場所すぐに逃げ出してやるってね」


「トア、聞いたかい? ヒルダはこんな不純な気持ちで聖職者になったんだよ。信じられない。神父様はこいつのなにを見てたんだろうね」


 レマルがぼくに向かって小声で言う。


「なによ。私が言わなけりゃ、村から動こうとしなかったくせに!」


「まあそうだね。おれは家での生活に満足していたし、村のじいさんに剣術教わっていれば、それでよかった」


「ほら! でもそれじゃもったいないって思って、あたしが誘ったの。小さな村で終わるようなやつじゃないって思ったから」


「うん、それには感謝してるよ。でもおれは……」


「でも? なんか文句でもあんの?」


 空気が険悪になって、ぼくは慌てて喧嘩を止めようとした。


 けれどレマルは続けた。

 

「はじめはさ、なんか面白そうだって、ただそれだけだった。でも、ヒルダが聖職者になると言い出して、すぐに教会に入って……おれもさ、いろいろ考えたんだよ。村にいると、たまに魔物に襲われることがあるし、怪我人だって出る。別の村で子どもが襲われて死んだなんて話を聞くと、自分の家族でなくても悲しくなった。だから、おれはそれから頑張ろうって思ったんだ。なんかうまく言えないが、それが回りまわって、村のためになるならいいことなんじゃないかって……」


 ヒルダはレマルの言葉を茫然とした顔で聞いていた。


「……普段はそんなこと言わないくせに」


「ああ、なんだろうな。でも、言っといた方が良いと思ってな。前の魔術師とは、その辺がうまくいってなかった。だからトアに言っておこうと思ったのさ」


「あいつのことなんかいいじゃない。あたしたちの考えとは合わなかっただけよ」


「ああ、だからそれを、初めの時に行っておけばよかった」


 そこでレマルはぼくの方を見た。


「だから、いろいろ言ってくれよ。おれたちはまだ駆け出しで、わからないことだらけだ。仲間とはしっかり話し合って進んでいった方が良い」


「ま、それは同感ね」


 ヒルダも同意する。


 ぼくは何か言わなければならないと思った。


「ぼくの方こそよろしくお願いします。依頼ははじめてのことで足を引っ張ってしまうかもしれませんが、出来る限りのことをやります」


 そう言うとレマルは笑った。


「お互い様だよ。剣に自信はあるが、うちの聖職者様があんなんだから、まとまりがなくて困る」


「なに? あたしのせいだっていうの?」


「冗談だよ」


「そういうふうには聞こえないんだけど!?」


 ぼくはその時、自然に笑うことができた。人と一緒に居て、こんなに楽しいと思えたのは、王都に出て初めてのことだった。


◆    ◆    ◆    ◆


「さて、意思疎通もできたところで今回の依頼なんだけど」


「お、そうだった。まだ詳しく聞いていなかったな。まあ、とにかくゴブリンを倒せばいいのだろう?」


 ヒルダはレマルをにらむ。


「こういうのって、本来はリーダーの仕事なんだけど?」


「そりゃあそうかもしれないが、全部自分でやってしまうじゃないか」


「ぼ、ぼく聞いておきたいです」


 ぼくは二人の間に割って入った。少しずつこの場に馴染めている気がした。


「……まあいいわ。今回はゴブリンに作物や家畜が襲われてるから何とかしてほしいって依頼。いつ来るかってのはわからないって話だから、今日は泊りになるかもね」


「よくあるやつだな。数はどれくらいなんだ?」


「村で目撃されたのは二体。こういうのは仲間がいるパターンもあるから、相手にするのは多く見積もって五、六体は想定しておいて良さそうね」


 ゴブリン、小鬼とも呼ばれるその姿は、人の子どもほどの大きさで背中がひどく曲がり、地を這うように移動する。その膂力は大人の男性を上回るとされていて、知能もあるため、人から奪った農具や武器を使うこともあるという。


「確かに、ゴブリン種は群れで行動することが多いと言われていますからね。用心しておいたほうが良さそうです」


「へえ、詳しいじゃないか」


 レマルに感心されてぼくは嬉しくなった。


「実戦経験はないですけど、魔物のことは本で読んで知っているんです」


「ふうん。まったくの知識なしってわけじゃないのね」


 ヒルダも驚いているようだった。


「ありがとうございます」


 ぼくは言われて照れた。知識だけなら少しは自信があった。


「ゴブリン数体なら、レマルひとりで相手できるから、トアには風の魔術で相手をかく乱したり、全体に圧をかけて少しでもレマルの負担を軽くして」


「ああ、前衛ならおれに任せてくれ。今回は外だし、夜でも村なら明かりがあるだろうからな」


「はい、わかりました」


 ぼくは頼もしい二人と話していると、これからの心配よりも、希望の方が勝っていた。ついにぼくは、自分の力を世の中の役に立てる時が来たのかもしれない。


 だが……


 急に馬車が止まった。


「なんだ……?」


 レマルの表情が険しくなり、剣を構えて即座に馬車を飛び出る。少し前までの彼とは違い、緊張感を纏った戦士の顔をしていた。


 ビルダに続いて、ぼくは馬車の外に出る。


 馬車に視線を向けると、御者の姿が、消えていた。


「どういうこと?」


 ヒルダはレマルに近づく。


「待て」


 レマルが正面を向いたままぼくたち二人を制した。


 両側を木々で囲まれた道。遠くには……


「煙?」


 ぼくは思わず口にする。


「まずいな」


 レマルが言うと同時に、草むらががさがさと揺れ、人影が現れる。それは御者の男だった。全身血だらけで、虚ろな目をして、道に倒れた。


「レマル!!」


 ヒルダが叫ぶ。


「来るぞ!!」


 木々から三つの影が飛び出す。ゴブリンだった。


 それと同時に、馬たちがいななき、方向転換し、後ろに向かって駆け出した。


 レマルと対峙する三体のゴブリン。


 ぼくは書物以外で、初めてゴブリンを見た。書物にあったように、おそらく、人から奪ったであろう剣や長い棒をそれぞれ持っていた。


 ゴブリンたちがレマルに向かってとびかかる。正面の上段から切りかかるゴブリンを蹴り上げ、少し遅れて飛びつこうとする二体を薙ぎ払う。


 ヒルダはすでに祈りを開始していた。


 ぼくも一拍遅れてではあるけれど、詠唱を開始する。


 レマルから距離をとる三体のゴブリン。すでにダメージは与えている。一体は胸を押さえ、もう二体は体に横なぎの一撃を受けて血を流している。


 しかし油断はできない。ぼくから見ても三体の連携は強い。ぼくは改めて実物の恐ろしさを知る。知能は子ども程度と聞いていたが、これほどの連携を見せてくるのか。


 ぼくはレマルの負担を軽くするためにも一体に狙いを定める。


「レマル! ぼくは右をやる!」


「頼んだ!!」


「レマル! 行くよ!!」


 ヒルダの祈りにより、レマルの周囲に光が舞う。これは祈りにより、彼の表面を加護のヴェールがつつみ、相手の攻撃をはじく効果を持っているものだ。


 ぼくは詠唱を終え、三日月状に圧縮した風の塊を放つ。


 風はゴブリンの体を捉え、対角線上にある木々に向かって吹き飛ばした。


 木に激突したゴブリンは断末魔とともに血を吐き、地面に崩れ落ちる。


 その間に、レマルが動いていた。華麗な体さばきで、一体を切り伏せ、残り一体となったゴブリンを頭から両断する。


 あっという間のことだった。


「やるじゃないか、トア」


「レマルもすごいね」


 ぼくは改めて、レマルの強さを実感した。


「褒め合ってる場合じゃないでしょ」


 ヒルダの言葉で、レマルの表情が変わる。そして、遠くに上がっている煙を見た。


「あれは、おれたちが向かう予定だった村だろうな」


「ということはゴブリンに?」


 ぼくは不安になる。


「ってことはまずいんじゃない。下手したら集団で襲われてるってこともあり得る。だったら一度ギルドに……」


 ヒルダの言葉に、


「いやそういうわけにもいかない」


 とレマルが即答した。


「レマル?」


「馬車の馬たちが王都まで戻っていれば応援が来る可能性はある。でもその前に、おれたちがあの村を何とかしなければ」


「でも、相手の数が何匹かも分かんないのよ。それに、村の人たちだって……」


 ヒルダはすでにこと切れた御者に目をやる。


「ヒルダさん。行きましょう」


 ぼくは言った。レマルの考えに同意だった。


「トア、君の力は少し見ることができた。ゴブリンであれば、ある程度の数は何とかできるはずだ」


「ちょっと本気? こんなの仕事のうちじゃ……」


 ヒルダはそこまで行って、あきらめたように、


「……確かに、あれを見過ごしたら、冒険者じゃないわよね。良いわ。でも、危なくなったらすぐに逃げるのよ」


「ああ、当然だ。死んでしまったら何の意味もないからな。なあ、トア」


「はい!」


 そしてぼくたちは、煙の方角に向かって走り出した。

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