馬車の中

 ぼくが仲間に入ると言ってから、ヒルダの動きは早かった。自己紹介もそこそこに、すぐに受付に向かい、ゴブリン退治の仕事を請け負った。


 ぼくは慌てて彼女を追うが、レマルはいつものことだとでもいうように、


「なあ、そんなに急ぐこともないんじゃないか?」


 とのんびりとした調子で言う。


「なに言ってんのよ。あたしたちはただでさえ同い年の冒険者から後れを取ってんのよ。小さな仕事でもコツコツやって行って、ランクを上げていかないと」


 ヒルダは早口に言ってギルドの外に出て行った。


 ランク、というのは冒険者ギルド特有の用語で登録後に依頼をこなすことで上がる順列のことだ。受けることのできる依頼もランクごとに決まっており、一定の水準まで上がると冒険者のみが入ることを許されるダンジョンでの仕事を受けることができる。ダンジョンとは特定の魔物が自然発生する洞窟だが、今のぼくとはあまり関係ないので、知識はほとんどない。


「トア、すまないな。ヒルダはいつもこうなんだ」


「大丈夫です。ぼくも仕事を受けたいと思ってここに来たので」


 ぼくとレマルは彼女の後を追う。


「ほら、のんびりしてんのはあんただけなのよ。さっさと行くよ」


 先へ行ってしまったかと思いきや、ヒルダは建物の外で待っていた。


「まあ、そうだな。依頼があったということは、誰かが困っているわけだし、急ぐに越したことはないか」


「そういうこと」


 そしてまた、ヒルダは速足で歩き始める。


 ぼくも少しは慣れてきて、彼女の後ろを一定の距離を開けてついていく。


 たどり着いたのは軒先に馬車が並んだ建物だった。今まで利用したことはないが、この場所は知っていた。ギルドと提携した乗合馬車の駅だ。


 冒険者にとって、現場まで向かう移動手段は大きな問題となる。そこでギルドは馬車を安く利用できる仕組みを作り上げた。自らの移動手段を持っていない駆け出しの冒険者たちは、ここから依頼の解決に向かうわけだ。


 ヒルダが駅の受付で行き先を説明して戻ってくる。


「ここはとりあえず私が払っとくから、ギルドから報酬をもらうときに清算しましょう」


「あ、はい」


 ぼくが気の抜けた返事をする。初めてのことで起きていることを理解するので精いっぱいだった。


 ヒルダは待合室のベンチに腰を下ろして、


「ギルドはさあ、仕事をくれるのはいいんだけど、移動はこっちの支払いって、ちょっとどうなのよって思う。いっそのこと依頼料に上乗せしてくれりゃいいのに」


 と不満顔だ。レマルも隣に座った。


「でもなあ、一人ひとり馬を借りるよりもましだろう」


「そりゃさ、ランクが上がって稼げるようになれば、自分たちで馬だのなんだのを用意できるようにもなるんだろうけど、一番お金がないのって駆け出しの時じゃない。ギルドは優秀な人材が欲しいわけだから、もっと新人に優しくしてもいいんじゃないの?」


「馬はなあ。あると便利だが維持費もかかる。その点ギルドのおかげで馬車が安く使えるわけだし、それで十分だと思うんだが」


「はあ……あんたってほんとに金のこと考えないよね。確かに安いかもしれないけど、駆け出しのうちは細かい依頼ばかりだから、移動も多くて馬車代も馬鹿にならないのよ。だから単価のわりに儲けが少なくて、冒険者は儲からないとか言われんの。ちょっとでも有名になれば、名指しで依頼もくるし、単価も高くなる。特別報酬の出るダンジョンにだって潜ることができる。結果としてベテランと新人の格差が開くばっかり。まあでも、そんな中でも実績を上げていかなきゃなんないのが冒険者ってわけなんだけどさ。トア、あなたはお金持ってんの?」


「おい、仮にも聖職者が金の話ばかりするなよ。それに仲間の懐事情なんて聞くもんじゃないぞ。失礼じゃないか」


 レマルはヒルダを諌めようとするけれど、


「冒険者なんてね。お金のこと考えないとやっていけないでしょうが」


 彼女は止まらなかった。


 二人の間で喧嘩が始まりそうだったので、ぼくは慌てて、


「えっと、ぼくは王都に来るときに両親からもらいました。でも、宿泊してるうちにずいぶんと減ってしまって……」


 と小声で言う。あまりに他人と会話せずにいたためか、自分でも話すのが下手になったと思う。


「ふうん。まあそういうもんか。冒険者って始める時が一番大変なのよね。でも恵まれてるじゃない。あたしたちなんてほとんど無一文から始めたし。あんただって苦労したこと覚えてるでしょ」


 ヒルダはレマルに話を向ける。


「まあな……そういう意味では、あの魔術師にも感謝しないといけない。彼のおかげで初期の依頼は乗り切ったんだし」


「あいつの話はやめてよ。魔術の腕はまあいいとして、自分の分け前のこと文句言ったりして、そういうところも嫌いだったのよね」


 それでぼくはヒルダの言葉の意味に気づいた。


「……えっと、ぼくは報酬についての希望はありません。まだ、どれくらいお役に立てるかわからないですし」


 おそるおそる言ってみる。


「ほら、トアに気を使わせてるじゃないか」


 レマルは呆れ顔だ。しかしヒルダは当然のことだというように、


「謙虚すぎるのもどうかと思うけどね。ただ、お金の話は先にしておいた方が良いってこと。安心して、あたしはきっちり分けるから」


 とぼくに向かって断言した。


「ありがとうございます」


 ほんとうにぼくはお金のことは考えていなかったけれど、彼女がぼくのことを対等に考えてくれていることがわかり、礼を言った。


 一方、レマルは大きくため息をついていた。


「やれやれ、トアが良い人でほんとうによかったよ」


「これが普通でしょ。あたしたちはあくまで仕事仲間なんだし、あんたにはそういうところが足りないのよ」


 そんなことを話しているうちに、準備を終えた馬車が、ぼくたちの前に現れた。


◆    ◆    ◆    ◆


 馬車に乗り込み、出発をすると、ヒルダは考え込むように黙ってしまった。


 レマルはもともと無口らしく、馬車の外を眺めている。ぼくは手持ち無沙汰に初めて乗る冒険者の馬車のなかを見回してみたり、外を眺めたりしていた。久々に王都の外に出て、ぼくは少しばかり、興奮してしまっていた。


「あのさあ」


 気づくと、ヒルダがこちらを見ていた。


「は、はい!」


「いろいろと考えたけどさ、どうしても納得できないのよね。どうしてトアって、ギルドに一人でいたの? 馬車は初めてみたいだし、遠出するような依頼を受けたことないってことでしょ。ってことは、前に組んでた仲間がいないか、居たとしても期間が短かったってことで、それって、何かあったとしか思えない」


 とても鋭いことを言う。確かにそう思われても仕方ない。


「まあまあ、いいじゃないか、過去に何があったって、おれたちに協力してくれるならそれで十分だろう」


 レマルが口を挟んだけれど、ヒルダは止まらなかった。


「でもさあ、駆け出しだとしても、そこそこ魔術が使える人間なんて、学院から出る前に良い行き先が決まってるもんじゃない。あたしたちだって、紹介を受けた側だし」


「確かにそうだが……」


「あの……ぼくは、学院出じゃないんです」


 ぼくは勇気を出して言った。


「そうなのか?」


「はい……」


 嘘をついていたわけではないのだけれど、ぼくは申し訳ない気持ちになっていた。


「面白そうだな。どこで魔術を学んだか聞いてみていいかい?」


 レマルが身を乗り出す。興味津々のようだ。


「いいですけど……」


「あたしも聞いておきたい」


 ヒルダは険しい表情でこちらを見ていた。


 ぼくは少し考えて、やっぱりすべて話すべきだと思った。魔術学院出でなかったとしても、ぼくにはちゃんとした先生がいる。それに、ぼくには目標がある。二人とは出会ったばかりではあるけれど、説明はしておくべきだ。


「えっと、ぼくには先生がいるんです。山奥の館に住んでいる魔術師で、父の知り合いから紹介を受けました。そこでぼくは魔術の基礎を学び、そして、冒険者のことを知りました。魔物に苦しむ人々を救う存在に憧れて、ぼくはひとりで王都にやってきたんです。先生はぼくを評価してくれていて、学院に紹介するとまで言ってくれていたのですが、ぼくは冒険者になりたいって飛び出してしまって……」


「いい心がけだ。おれたちとはえらい違いだ」


 レマルは感心するように頷いている。


「黙ってて」


 ヒルダがレマルをにらむ。


「どうぞ続けてくれ」


「はい。先ほどお話したように、両親からお金をもらい、ぼくは王都にやってきました。冒険者ギルドに入ればすぐにでも魔物を倒す依頼を受けることができると思っていました。でも、現実はご存じのとおりです。魔術学院出でなければ信用されない。そんなことも知らずに王都にきて、かといって、誰にも声をかけることができず、ぼくはずっとギルドに通っているだけでした。そこに、あなたたち二人が声をかけてくれた」


「なるほどねえ」


 ヒルダが言い、レマルも頷いていた。


「確かになあ。あまり考えたことなかったが、魔術師って、学院出のほかにもいるんだな」


「ギルドにいた魔術師の話では、昔は居たそうなんですけどね」


 ぼくはギルドで話しかけてくれた魔術師のことを思い出す。あの時はなんてひどいことを言う人なんだと思っていたが、考えてみると、同じ魔術師に気を使ってくれたのだろうと思う。


「しかしその先生ってのはすごい人そうじゃないか。今は山奥に住んでいるそうだが、学院にツテがあるということは、元は高名な魔術師だったりするんじゃないか?」


 レマルが聞く。


「先生は自分の功績については話してくれませんでした。ただ、魔術の知識はすごくて、ぼくが何を聞いても答えてくれました。魔術師としては、素晴らしい人でした」


 ぼくは自分でも"としては"を強調してしまったことに気づく。尊敬してはいるのだけれど。


「でもさあ、それだけの情熱があるんだったら、自分から声を掛けたらよかったのに」


 ヒルダはまだ難しい顔をしている。


「その通りです。けれどできなかった。新しい土地に来て、心が弱っていたのかもしれません。ぼくは人から必要とされないと思うことが怖かった。もっと自分から動くべきでした。学院出ではない魔術師は信用されないという話を聞いて、すっかり委縮してしまったんです。だから、今回誘っていただいてとても感謝しています」


 ぼくは言葉を選びながらヒルダに応えた。


「うん。なんだな、おれはトアに声をかけてよかったよ。もしかしたらこれは、運命ってやつかもしれないな」


 レマルが笑顔を見せた。


「やめてよ、運命なんて」


 ヒルダが露骨に嫌な顔をする。


「しかし不思議な縁とは思わないか? 彼が落ち込んでいる時に偶然出会うなんてさ」


「あたしは運命なんて信じないけど、でも、話を聞く限り、ちょっとは期待できそうで安心した」


「そうだろう? この仕事で力を見せてもらおうじゃないか。なあ、トア、改めてよろしくな」


「ま、腕は実際に見てみないとね。あたしからもよろしく」


「はい! よろしくお願いします!」


 ぼくは二人に心から感謝していた。

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