王都の冒険者ギルド

 出発を決めて十数日後、ぼくの両親が先生の館にやってきた。


 本当は黙って行くつもりだったのだけれど、先生に連絡はしておいたほうがいいと言われ、決心した翌日に、両親に手紙を出した。


 それから出発の準備のため慌ただしい日々を送り、手紙を出したことすら忘れていたところ、突然ドアをたたく音がして、出てみると両親で驚いた。


 ぼくは両親を椅子に座らせて、先生を呼びに行った。


 例のごとく着替える音が響き、先生が階段を下りてくる。先生が現れるや否や、お父さんは先生に何度も感謝の言葉を伝えた。


 そしてお父さんはぼくのほうを見た。


「よくぞ冒険者になると言ってくれた。私の夢だったんだ」


「ぼくは王都の冒険者ギルドに行くつもりだよ」


「いいのかねえ。そんな先の見えない仕事なんてさ」


 お母さんは心配そうな顔をしていた。


「うん。魔術のことは先生に教わって、少しは自信があるんだ」


「そうか、流石はスララギ様だ。なんとお礼を言って良いのやら」


 お父さんが先生に向かって言うと、先生は、


「私は基礎的なことしか教えていませんよ。本人の努力です。冒険者として万全かと言われると断言はできませんが、同年代であれば魔術学院出の生徒と比べても遜色ない、いや、それ以上の力は持っているはずです」


 と、いかにも高名な魔術師らしい厳かな態度で言った。


「だそうだ。安心しろ」


 お父さんはお母さんに言い聞かせる。


「でも、冒険者は命を落とすことがあるって……」


 それでも納得できないようにお母さんはぼくのほうを見る。


「冒険者になるからには、危ない目に合うってことは覚悟してる。それでもぼくは、なるって決めたんだ」


 ぼくの言葉で、お母さんは黙った。もう、何を言ってもぼくの決心を変えられないとわかってくれたようだ。


「お前のためにとっておいた」


 お父さんが言って、ぼくに重そうな袋をくれた。


「これって……?」


 手にずっしりとくる重み。金貨だというのはすぐにわかった。確かに王都で仕事を探すとなれば、しばらくの生活費が必要となるだろう。ぼくは冒険者になりたいという気持ちばかりが先行して、生活費のことをすっかり忘れていた。


「お前も立派になったな」


 お父さんが言った。お母さんは今にも泣きだしそうな顔で、


「つらくなったらいつでも帰ってくるんだよ」


 と言ってくれた。


「ならば私からも餞別を渡しておかなくてはな」


 先生は二階に上がり、再びドタバタ大きな音をさせた後、降りてきたときにはたたまれた布と杖を持って降りてきた。


「本当はもっといいものをやりたいところだが」


 と前置きをしてぼくに渡した。布を広げると、それは魔術師のために作れた紺色のローブだった。先生の来ているような鮮やかな赤ではなく、装飾もついていないが、とても良い生地であることが手触りで分かった。


「あとは自分で稼いでいいものを用意しろ」


 といった先生の表情は、どこか寂しげにも見えて、ぼくは少しだけ、泣きそうになった。


「ありがとうございます。お父さんもありがとう」


 ぼくはとても寂しい気持ちになったけれど、それを表に出すことはなかった。


「無理するなよ」


「先生にはいろいろなことを教えてもらいました。もしもぼくがいなくてもちゃんとしてくださいね」


「それは今言うな」


 ぼくと先生の会話を、両親は何も言わずに見つめていた。


 ぼくは、いろいろな感情を抱えて、でもそれを表に出す方法がわからなくて、


「今までお世話になりました」


 と言って、先生と両親に頭を下げた。


◆    ◆    ◆    ◆


 そして、ぼくは王都にある冒険者ギルドの前に立っていた。


 冒険者ギルドは王都をはじめ人の集まる街に設置された、魔物討伐をはじめ冒険者への依頼が集まる場所だ。


 ぼくはより多くの案件が集まる場所を目指し、先生の館から馬車を乗り継ぎ数日かけて王都にやってきたのだ。


 冒険者ギルドがどのようなものかは、すでに書物で知っていた。ぼくは意気揚々とギルドのカウンターで登録を行った。あとは自分の受けたい仕事を選べば、ぼくは念願の冒険者になれるはずだった。


 受付の女性に言われるがままに書類に署名をして、登録が済むのを待つ。


 ぼくはすぐにでも仕事をもらって、魔物たちの脅威におびえる人々を救いたいという気持ちでいっぱいだった。


 けれど……


「あなた一人?」


 受付のお姉さんが言った。


「はい、そうですけど」


「だったらまずは、仲間を探さないとね。それとも、後から登録しにくる仲間でもいるの?」


「えっと、ぼくは仕事をもらいたくてやってきたんですけど」


 出鼻をくじかれて、ぼくは不安になった。


 お姉さんは優しげに笑った。


「あのね。冒険者って信用が第一なのよ。だから登録したばっかりの頃っていうのは、低級の魔物討伐が割り当てられることが多いのだけれど、それも、一人じゃ受けることはできないのよ」


「あの、一人だと仕事はもらえないってことですか?」


「そう、もしもあなたが、過去に名のあるパーティーに所属していて、独立したっていうんなら、魔術師一人に仕事が来ることがある。でも、あなたはギルドに登録したばかりの駆け出しで、しかも一人きりってなると、仕事はあげられないかな。私が意地悪してるってわけじゃなくて依頼主が首を縦に振らないのよ。仮にあなたが剣士なら、依頼主によっては了承してくれることもあるけどね」


「そんな……」


 全身から力が抜けるのを感じた。本にはそんなこと書いてなかったし、先生も教えてくれなかったのに。


 でもそれは先生のせいばかりとは言えない。確か先生は、


“悪いが冒険者ギルドについての助言はしてやれない。なにしろ魔術学院に入ってからというもの、私はほかの組織に属したことはないからな。魔物討伐の仕事を受けたことはあるが、それは学院からの指示で、ギルドと関わりを持ったことはないんだ”


 と言っていた。つまり、ぼくに知る方法はなかったわけだ。


「あなた魔術師なんだし、先輩から教えてもらえなかったの?」


 そう言いながら、お姉さんはぼくの登録書に改めて目を通す。


「あら、あなた学院に通っていないのね。今時珍しい。学院に入っていると先輩から紹介してもらったり、学院に募集掲示板があったりして仲間を作りやすいのよ。だから一人で登録する冒険者って、そもそも数が少ないの」


「そうなんですね……」


 ぼくは落ち込み、うなだれる。そうか、やる気だけでは冒険者になれないものなんだ。確かにぼくは冒険者になりたいという気持ちばかりがあって、ギルドに入りさえすれば、仕事がもらえるものと決めつけてしまっていたのだ。


「ねえ! そう落ち込まないで!」


 お姉さんはぼくを励ますように明るく言った。ぼくが顔を上げると、


「ここは人と人との出会いの場でもあるのよ。ほら、あっちを見て」


 お姉さんが指をさすほうを見ると、そこは酒場になっていて、机と椅子がいくつも置かれていた。


「冒険者ってのは過酷な仕事だからね。依頼の中で仲間が欠けたり、誰かが逃げ出したりなんてことがよくあるの。そんな大きな事件が起きなくったって、仲間と相性がよくなかったりとか、そういう理由で新しい仲間を探す必要があるってわけ。ここでは冒険者たちのために交流の場を作ってあるの。仲間が欲しかったらそこで探してみるのが一番ね。登録者ならだれでも使っていいことになっているから」


「ありがとうございます」


 言ってはみたものの、頭がまだうまく回っていない。


「頑張ってね」


 受付を離れるぼくの背中に、お姉さんが声をかけてくれた。


 ぼくは必要とされていない。その事実を受け入れることができないまま、人が少ないガラリとした酒場に向かう。これからどうするべきか何も思いつかないぼくは、ひどく途方に暮れていた。

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