冒険者への憧れ
館での生活にも慣れて、ぼくは少しずつ先生の持つ本を読むようになった。もちろん魔術の専門書のようなものはぼくの知識では読みこなせなかったけれど、先生は歴史に関する書物をたくさん持っていて、ぼくはそれらを借りるようになった。
なかでもぼくが興味を持ったのは、魔物に関する本だった。
ここ千年の歴史は、魔物との闘いの歴史だった。
魔物は人が文明を築くうえで常に障害として立ちはだかり、人が作る町や文化のほとんどは魔物といかに対抗するかという観点で作り上げられてきた。
なぜ王都や周辺の町、村に至るまで柵や壁で周囲を覆わなければならないのか。なぜ領地内の町や村には剣術を教える場所が必ずあるのか。なぜ教会の聖職者たちは日々の祈りに加えて戦いの訓練をしなければならないのか。
それは人が魔物に対抗するためだ。
武器屋と鍛冶屋の地位が高い理由はここにある。聖職者を排出する正統教会と魔術師を量産する魔術学院、双璧をなす二つの組織が王都の庇護を受けている理由は、すべてここに帰結する。
そして何より、王都にある冒険者ギルドは、魔物と対抗するため生まれた組織だった。
魔物に関する依頼がギルドに舞い込み、冒険者は依頼を解決することで報酬を得る。その高い報酬を求めて、多くの人間が冒険者を目指した。魔物が存在する以上、魔物を倒す冒険者の存在はなくてはならないものだった。
ぼくは本で、魔物の恐ろしさを知った。
地域によっては小鬼とも呼ばれるゴブリンは、集団となって村を襲う。一匹であれば訓練を受けていない人間でも対処できるものらしいが、徒党を組んだゴブリンの集団がいくつもの村を消したという話が残っている。
そのほかにも、多種多様な生態を持つ魔物が存在し、人の生命を脅かし続けている。強大な力を持つ魔物は数こそ少ないが、一度人里に現れると手が付けられず、多くの命が失われることもある。
聖職者、魔術師、加えて紋章術師や錬金術師は、災害や疫病から多くの命を救ったが、未だ魔物という脅威の撲滅には至っていない。
だからこそ、冒険者という職業が生まれた。
人々を守る存在として王都の騎士がいる。だが彼らの仕事はあくまで王都や領地の主要拠点などの治安を維持することが目的のため、広大な領地のすべての民を救うことはできない。
人々の生活を守っているのはギルトで切磋琢磨を続ける冒険者たちだった。領地で魔物の被害が発生した場合、あるいは交通の要で魔物が発生した場合、王都から、領主から、有力商人からギルドに魔物討伐の依頼が飛び込んでくる。
冒険者の仕事には果てがない。魔物は無限にわいてくる。時に町を荒らし、騎士団により鎮圧されることもあるが、多くの人々にとって冒険者こそが、彼らを救う英雄だった。
たとえそれが報酬のためだとしても、魔物と戦い、人々を守っていることに違いない。彼らのなかには、騎士団を超え居る力を持つものもいるそうで、ぼくは冒険者というものを知れば知るほど、その力に、その使命に、興味を惹かれざるを得なかった。
魔物。人類の敵であり、人を襲う理由も、どのように生み出されているのかも、完全には解明されていない未知の存在。
ぼくは魔物を実際に見たことがない。生まれ育った場所で父の知り合いが、魔物に襲われ大怪我を負ったという話を聞いたことがあるくらいだ。
魔物のことを考えると、熱い何かが湧き上がってくる。ぼくはこれまで、自分の未来について深く考えたことはなかった。考えもなしに先生のところにやってきて、一から魔術を学んだ。最初のころは必死で、自分のことを考える余裕はなかったが、少しずつ、先のことを考えるようになっていた。
ぼくは魔術を身に着け、風を操れるようになった。それは素晴らしいことで、学ぶ喜びに満たされながら日々を生きている。
でも、本当にそれでいいのだろうか。ぼくはぼくが身に着けた力を自分が楽しいというだけにしておいていいのだろうか。
ぼくは本を読み始めて、そんなことをよく考えるようになった。
◆ ◆ ◆ ◆
館に来て五年が経ったころ、ぼくは先生に言った。
「ぼくは冒険者になろうと思います」
すると先生は、目を見開き、ぼくをじっと見た。
「なんだ突然」
「先生にはいろいろなことを教えてもらいました。とても感謝しています」
「おい、私の話を聞け、確かにお前は私の想定以上に力をつけているが、冒険者? 今からなろうというのか?」
「はい。ぼくは決めたんです。魔物を倒して人の役に立つ。お父さんからも言われていたことです」
「……まだ早い」
「なぜです!?」
「お前は冒険者がどれほど危険な仕事かわかっていない。確かに話だけ聞けば華々しい職業ではあるが、その裏で、多くの冒険者たちが命を落としている」
「それでも、ぼくの決心は変わりません」
「……ふむ。君には余計な本まで読ませてしまったようだな。とはいえ、私は人の意志までを強制するつもりはない」
「え……!? じゃあ、許していただけるんですか?」
「仕方あるまい。もともと、君の父上もそう望んでいた。どんな危険があったとしても、私に君の願いを否定する権利はない。君も年齢だけで言えば自分の責任で人生を決めてもいい頃だ」
「ありがとうございます」
先生は悲しそうな顔をしていた。
「本当はな、あと数年したら、君には魔術学院の推薦状を書く予定だった。君がこのまま力をつけることができれば、学院の講師にだってなれたかもしれない。基礎だけならば、王都でも引けを取らない十分な力を持っている」
「そこまでぼくのことを?」
「ああ、だが、決心したのなら仕方ない」
「すみません……」
「謝るな。君の決心はその程度のものか? 確かに魔物と戦い人々を救おうという志は素晴らしいものだ。私もこの地に落ち着いて、日々書物と向き合っていると、こんなことをしていていいものかを思うこともある」
「歴史っていうのは、とても大切なものだと思います。ぼくも本を読まなければ自分の住んでいる場所のことなんて考えたことありませんでしたから。ぼくは自分の力を、人の役に立つために使いたいんです。ぼくの力があれば、きっとそれができるはずです」
「ああ、君の力なら、その辺の冒険者には勿体ないくらいの成果は出せるだろう。だがそれは、戦いの場で全力が出せたらの話だ」
「はい……それはわかります」
「魔物と戦うということは、不確定な要素が多い。魔物それぞれの個体差も違えば戦う場所による変化もある。君はそれに、その都度対応していかなくてはならない」
その言葉にうなずくことしかできない。ぼくの力は、果たして魔物に通用するのだろうか。
「私は心配なんだ。こんな感情を他人に持つなんて自分でも驚いている。君を魔物と戦わせたくないと心の底から思っているんだ。どうだ、考え直す気はないか?」
ぼくは先生の言葉を受け止め、そして考える。確かに、冒険者になるということは自分の身を危険にさらすことだ。それでも……
「ぼくは、諦めたくありません」
先生はぼくの顔をじっと見つめ、そしてため息をついた。
「そうか、決心は固いようだな」
「はい。すみません」
「謝るなと言っているだろうが。明日から準備をする。君のために杖も用意してやろう。今時は使わない魔術師も多いが、古くから魔法使いの定番だからな。持っていても差し支えあるまい」
「先生!! じゃあいいんですね!?」
「ああ、君の熱意には負けたよ。冒険者になるというなら、出来るだけのことをしてやろう」
「ありがとうございます」
そしてぼくは、冒険者になる道を自分で選んだ。
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