第05話:再度登場するアンティーク
シズは食堂からリラックスルームへ向かい、半壊した扉を押し開けた。棚の上や床には、無造作に物が散乱している。元からこの状態だったのかもしれないが、シズの直感は、ジャンが原因だと告げていた。いや、そうとしか思えなかった。
リラックスルームに足を踏み入れると、ジャンがリクライニングソファにどっかりと座り、リラックスしている姿が目に入った。彼の無邪気な態度に、シズは思わず眉をひそめた。
「お前、部屋荒らしたろ?」
シズが問いかけると、ジャンは一瞬考えるそぶりを見せた後、悪びれもせずに返答した。
「そうかもしれないし、そうでないかもしれない。なんとかの猫ってやつさ」
シズはため息をついた。
「研究者気取りか。シュレディンガーかよ、というか観測した結果、部屋が荒れてんだよ。そしてやり口がお前なんだよ」
そんなシズを無視するように、ジャンはポケットからオルゴールを取り出し、シズに投げ渡した。
「それより、これ見覚えないかい? 同じ年代のものだよ」
シズはキャッチしたオルゴールをじっと観察した。
「またオルゴール…」
彼はその構造を詳しく確認し、すぐに気づいた。
「全く同じに見えるが、ペアのオルゴールって感じか? ロマンチストだな。……上蓋の裏には何もないな」
ジャンはにやりと笑った。
「でも、明らかに関係があるぞ」
シズはオルゴールを手に持ちながら、その底をさらに詳しく調べた。底版が二重構造になっていることに気づいた。
「1900年代のトリックかよ」
シズはそう言いながら、底を慎重に開けた。そこから現れたのは、一枚の古びた写真だった。50代後半くらいの男性と20歳前半くらいの女性が一緒に写っている。
「アタリだな!」
ジャンが嬉しそうに声を上げた。
「年取った男性と、若い女性の組み合わせか。二人とも白衣を着てるから研究者か?」
「シズとクロエみたいな組み合わせだねぇ」
「俺はそんな歳とってねぇよ」
シズは写真をよく見ると、そこには「xxx.xxx.xxx」という数字が書かれているのが見えた。
「これは座標か……?」
シズは声に出して考えた。
ジャンはその言葉を聞くや否や、興奮した様子でシズを引っ張りながら言った。
「よし!早速移動するぞ」
シズとしてはこの部屋の物にまだまだ興味があったが、窓の外を見ると日が傾き始めているのがわかり、黙ってジャンについて行くことにした。
「時間が過ぎるのは早いな。もうちょっと見たかったけど」
◆◇◆◇
シズとジャンは小型船に乗り、荒涼とした山岳地帯を進んでいた。目的地は、古い地図にも載っていない、人がほとんど訪れたことのない場所だ。辺りには、風が建物の残骸を揺らす音が響く以外、静寂が広がっている。
「ここが例の座標の場所か……」
シズは慎重に口を開いた。少し離れた場所に、船を停められそうなスペースがあった。
「1号ついて来い!」
シズは1号に命令を下し、ジャンと二人で周囲を警戒しながら歩き始めた。ジャンは座標を確認しつつ、興奮を隠しきれない様子で先に進んでいく。彼の足取りは軽く、まるで少年のようだった。
しばらく進むと、二人の目の前に古びた小さな家が現れた。それは荒れ果てた土地にひっそりと佇み、まるで時間に忘れられたかのような存在だった。
「こんな山奥にポツンと一軒家が……緑色の屋根なんて迷彩もいいところだ」
シズは独り言のように呟いた。
「怪しい。これは怪しい!」
ジャンは興奮した声を上げた。
二人は家の前に立ち、外観をじっくりと観察した。窓はひび割れ、扉は錆びついていたが、どこか生活の痕跡が残っているようにも見える。
「ちょっと待て、ジャン。民間の家だ。お前のライセンスでもここはダメかもしれない。住居の登録履歴を一度確認してだな」
シズが手元のデバイスを操作しながら言った。
しかし、隣を見ると、すでにジャンはそこにいなかった。シズは軽く舌打ちし、面倒くさそうにジャンを追いかける形で家に入っていった。どうせ非認可の家だろと自分に言い聞かせながら。
家の中に入ると、いくつかの部屋が散らかっていたが、ジャンが入ってからの乱れというわけではなさそうだった。ジャンと目が合うと、彼は肩をすくめながら言った。
「違うぞ? 今入ったばかりだ」
シズはその言葉に半信半疑ながらも納得し、室内を改めて見渡した。
「3Dプリンタで作られた建物っぽいな。こんな場所に……ますます怪しい」
部屋の数はそれほど多くないが、シズは気になる点を見逃さないように慎重に探索を始めた。
「ジャン、お前はリビングでくつろいでいろ」
「オーケーオーケー」
ジャンは軽く手を上げて応じ、その辺のソファにどかっと座ると、早速リラックスし始めた。
シズは部屋をひとつずつ確認していったが、特に異常は見当たらない。ただし、ある一室で壁に描かれたイラストが目に留まった。
「んー、これはオルゴールの絵か。向きが変だな。それにしてもまたオルゴールか」
注意深く壁を調べていると、床に不自然な溝があることに気づいた。シズはすぐにジャンを呼び、オルゴールがこの家に何か関係がありそうだと伝えた。
二人はオルゴールを調べ始めた。シズは、地下に研究施設が隠されている可能性が高いと考え、オルゴールを鍵として使う方法を探った。
「なんか、古い映画に音で開く扉とかあったよな?」
ジャンもそれに同意し、
「ああ、確かにそういう趣向の探索者が使うトリックがいくつかあるね。特定の音声だとか、メロディーだとか」
と言った。
二人は二つのオルゴールを鳴らしたり、さまざまな工夫を試みたが、部屋には何の変化も起こらなかった。
「絶対オルゴールが絡んでいるはずなんだ。ロマンチストの典型のはず…」
シズは諦めずにブツブツ言いながら試行錯誤を続けたが、どうしても結果が出ない。ジャンなんかはすぐ飽きて席を外していた。
その時、しばらく姿を消していたジャンが戻ってきて、ニヤリと笑いながら言った。
「残念だけど、時間切れだよシズ」
そう言うと、ジャンは突然ジャックハンマー(削岩機)を取り出し、強引に床に穴を開け始めた。
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