第04話:探索と調査

 シズとジャンは、小型船の中で静かに揺られていた。ジャンが操縦するその船は、見た目こそ小柄でコンパクトだが、プラズマジェットエンジンは強力で、その速さは一級品だった。船が滑るように進む中、目的地である小森地区まであとわずか5分ほどで到着する計算だ。


「こんなにワクワクするのは、3日ぶりだな」


 ジャンが興奮気味に声を上げた。その顔には少年のような喜びが浮かんでいる。


「頻繁にワクワクしてんのな」


「そのために生きてるようなもんだからねぇ」


 ジャンはそんな調子でずっと喋り続けており、シズは返事をしながらもオルゴールから回収したAIチップをドローンに組み込む準備をしていた。チップを変換アダプターにセットし、モニター付きのドローンが空中にふわりと浮かび上がった。


「これでよし。1号! 監視モードだ」


 シズは無造作にそう言い放つと、ドローンを「1号」と名付けた。なんとなく名前がないと落ち着かないからだ。1号は高度なセンサーを搭載しており、周囲の異常や侵入者を感知できる監視用ドローンだ。


「了解しました」


また、AIチップを積んだことで会話も可能になっている。1号は船内を静かに旋回しながら、そのセンサーを駆使して周囲のモニタリングを始めた。

 そしてシズは既に出発はしているわけだが、念の為出かけることをクロエに通信を入れる。


「あーもしもしクロエ? 少しジャンと出かけてくる」


 復元屋専用の回線でクロエに通信を入れると、すかさず疑わしげな声を上げた。


「ジャンと一緒に⁉︎ 変なことしないでよね? お金も使いすぎないように!」


 その言葉にシズは軽く肩をすくめて


「オカンかよ! あと、さっきの掘り出し物対決の勝負はついてないからな、多分俺の勝ちだぞ。そういうことでまた連絡する」


 シズの冗談に、クロエはほんの一瞬黙り込んだが、すぐに不安そうな声を漏らす。


「…不安だわ。特にジャンと一緒ってのが」


 通信を切ったシズは、クロエに勝つ自分の姿を想像しながら視線を前方に向けた。船の窓の向こうには、目指す廃墟と化した施設群が遠くに見え始めている。人影はまったくなく、無人の荒野が広がっている光景が、彼の心に小さな高揚感をもたらす。


「ほほう、放棄された研究施設、廃墟がたくさんだ」


 ジャンがその言葉を口にした瞬間、シズも期待が膨らんでいく。未知の情報、そして埋もれた過去の秘密。こういった場所には、常に何かが潜んでいるものだ。徐々にスピードを落とした船を、施設跡地の駐車場跡のような場所に停めると、シズは軽くジャンの方を向き、確認するように言った。


「この廃墟具合じゃ管理は国庫だろうなぁ、閲覧申請はジャンがいれば大丈夫だよな?」


 ジャンはニヤリと笑い、得意げに自分のライセンスカードを掲げてみせた。その自信たっぷりの態度が、シズの眉間に一瞬の皺を寄せる。


「ふっ、伊達に遺物ハンターを名乗ってないよ。このライセンスがあれば、私を止めることはできない」


 その言葉に、シズは一瞬考え込んだ。彼のライセンスカードをちらっと眺めながら、ふと記憶の片隅に浮かぶ疑問を口にする。


「そういえばジャン、一時期ライセンス剥奪されてなかったっけ? 何やったんだよ?」


 ジャンは小さく笑いながら、その質問をあっさりと無視して廃墟に向かって歩き出した。その反応に、シズは少し不安を覚えつつも、まぁジャンのことだからと思い直して、後をついていった。

 施設の入り口は錆びついた扉で、長い間誰も手をつけていないことが一目で分かる。ジャンは扉に軽く手をかけると、何の苦労もなくそれを開け、中へと進んでいく。廃墟と化した施設の内部は荒れ果て、コンクリートの壁にはひび割れが走り、床には古びた機器や書類が散乱していた。


「随分と荒れてるな。まともに動くものは残ってるのか?」


 シズは呟きながら周囲を見渡した。ジャンは笑顔でスキャンデバイスを取り出し、部屋の隅々までスキャンを始める。その動作は軽快で、彼がこうした場面に慣れており、かつ楽しんでいることがはっきりと伝わってくる。


「ふふ、廃墟ほどお宝が眠ってるもんさ」


 その一言に、シズは軽く頷いて同意を示す。ジャンのスキャンデバイスが施設内の電源や隠されたデータストレージを探知するのを期待しつつ、彼の動きをじっと見守っていた。しかし、ジャンの声が突然少し沈んだ。


「ん? やっぱりか」


シズが彼に近づきながら、問いかける。


「何か見つけたか?」


ジャンは軽く肩をすくめ、ため息交じりに答える。


「いや、全く何もない!」


その返事にシズは首を振りつつも、冷静な口調で言葉を返した。


「まぁ、犯罪の温床になりそうだし、普通何も残さないか。まして研究所だしな」


だが、ジャンは目を輝かせ、再び声を張り上げた。


「だがワタシは諦めない!」


 叫び声とともに、ジャンは一人で奥へと駆け出していった。その後ろ姿を見送りながら、シズは軽くため息をつき、自分も手がかりを探すべく動き出した。


「お前ならどこ探す?」


 シズが1号に問いかけると、冷静な答えが返ってきた。


「人間は非合理な行動を取ることがあります。私たちにとって認識外の場所に何かがあるかもしれません」


 その言葉にシズは考え込む。合理的な判断だけでは解けない謎が、こうした場所には潜んでいるかもしれない。


「非合理なこと、ね」


 彼はその言葉を反芻しつつ、ふと廊下に掲げられた敷地の全体図に目を止めた。その図には、研究棟や食堂、リラックスルーム、トレーニングルーム、シャワー室などが記されていた。


『ジャン、全体図があったから送る。俺は食堂とリラックスルームを見てみるから、ジャンはトレーニングルームやシャワー室を見てみてくれ』


 シズはそう言ってジャンに通信を送ったが、返事はなかった。シズは気にせず、そのまま食堂へと向かうことにした。

 食堂に足を踏み入れると、古びたテーブルや椅子が並び、足元の床が軋む音が響いた。壁にはアナログのメニューが残され、荒れた空間に漂う過去の痕跡が彼の興味を引きつける。


『食堂に着いた。ジャンは今どこにいる?』


通信でシズが確認すると、ジャンから軽快な返事が返ってきた。


『どうやらここは、リラックスルームみたいだね』


シズはわざわざ連絡入れていた場所ではなく、自分が見たかった部屋にジャンが先に入っていることに不満を感じた。生活感がある場所は復元屋として興味を引くからだ。


『マジかよ、部屋の中荒らすなよ!』

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