第2話:それぞれの物色

「バザー最高!」


 バザーの喧騒に包まれ、シズは自分の声がかき消されるほどの興奮を感じた。青空の下、広場には香ばしい屋台の煙が漂い、風に混じって人々の笑い声が絶え間なく聞こえてくる。

 エコーの売り場には次々と客が押し寄せ、用意していた商品が次々と売り切れていく。シズとクロエは、興奮を抑えきれずに満面の笑みを交わした。完売だった。50万円ほどの電子マネーが手に入ったが、金額以上に達成感が二人を包んでいた。


「いやー、エコーがこれほど売れるとは、まさに濡れ手で粟だな。ルナマリアに足を向けて寝られないな」


「ほんと! あっという間に完売じゃない!」


 シズが冗談めかして言うと、金の亡者のクロエは純粋に喜んだ。どうやら、バザーを訪れた一般客よりも、むしろ出店者たちの方がエコーに強い興味を持ったようだ。船体を持つ出店者たちは電脳化率が高く、またルナマリアという客引きコンテンツの力が大きかったのだろう。


 「閉店」と書かれたホログラムに店頭の表示を切り替え、半開放していた応接間の扉を閉じた。これで仕事はひと段落だ。在庫もはけてしまい、残り二日は自由時間となった。


「復元屋より、エコーショップの方が稼げるんじゃないかしら……」


 クロエは少し眉をひそめ、考え込むように呟いた。


「はい、半分」


 シズは笑顔で、得た電子マネーをクロエに半分渡した。クロエはそれを受け取り、ニヤッと笑った。思いがけない臨時収入に、珍しくクロエが散財しそうな雰囲気だ。


「シズ、この後、他の店舗を見て回るのよね?」


「そうだけど?」


「せっかくだから、どっちが価値あるものを見つけられるか勝負しましょう?」


「勝負〜? まぁ、いいけど」


 シズは気乗りしない様子で答えたが、クロエの勢いに押されて反論する気力もなかった。


「よし! 負けた方が奢りね。じゃあ、行ってくる!」


 クロエはそう言って、勢いよく店を飛び出した。


「お、おい……行っちまった」


 シズは呆然とクロエを見送り、しばらくその場に立ち尽くしていた。やれやれ、と肩をすくめた後、船のロックをかけると、物色に出かけた。


 とりあえず隣の店の火星風味カルビ…はやめて、他の美味そうな匂いがする方へ歩き出した。バザーの喧騒は、風に乗って耳を刺すような叫び声と、焼き物の香りが交じり合い、広場を満たしていた。


「うん、これ、甘辛でうまい!」


 そういってシズは右手でバイオミート・ギョウザバーガーを貪る。左手には純正肉のレバー串焼きを持っている。


「こっちは本当に純正肉なのか? なんか宇宙の塵食ってるみたいだな、バイオミートの方が上手い」


 シズの舌がバカなのか、本当にバイオミートの方が美味しいのか今は比較する人がいない。複数の飲食品で腹を満たしつつ、さらに物色を続ける。

 いくつかの店舗を見て回り、気になるものを探していると、リサイクルショップが目に入った。こういう店には、他の出店者が見逃すような掘り出し物が眠っていることがある。職業柄、どうしても気になってしまうシズは、そのまま店内へと足を踏み入れた。


 店内は、どこか懐かしい雰囲気が漂っていた。西暦が刻まれ、丁寧に飾られた商品たちが目を引くが、価格もかなりの高額だ。シズは一通り店内を見回した後、「ジャンク品」と書かれたコーナーを見つけた。


 そこには、オルゴール、ラジオ、クォーツ時計など、今ではほとんど知られていない古い品々が並んでいた。パッと見では量産品にしか見えないが、シズの目は経験で培われた直感に反応していた。たまにレアなものが紛れ込んでいることがある。例えば、持ち主の名前が彫られていたり、どこかの王室の御用達だったりするものだ。


「もう、まるごと買っちまうか」


 シズは大人買いを決心し、ジャンク品のコーナーを指差して店主に尋ねた。


「このコーナー全部でいくら?」


「おや、そんなジャンク品でいいのかい? こっちの『エレクトラブレスレット』とか売れ筋だよ」


 店主がすすめる商品にはあまり興味はなく、シズはあくまでジャンク品にこだわった。


「ふーん、じゃあそれ買ったら、このジャンク品安くしてくれる?」


「うーむ、まぁ元々タダで手に入れたようなジャンク品だしなぁ……っと、なんでもないよ。そうだね、エレクトラブレスレット買ってくれるなら安くしてもいいよ」


「なるほどねぇ、エレクトラブレスレットって本当に売れてんの?」


「もちろん! 今日もすでに5つは売れてるよ。いや、これがあると電気もお洒落も一石二鳥だからね」


「わかった。じゃあそれ一つちょうだい」


 シズはあまり乗り気ではなかったが、エレクトラブレスレットを購入し、安くしてもらったジャンク品をまるごと箱に入れてもらった。

 その様子を、謎めいた影がひそかに見つめていた。シズはうっすらと視線を感じていたが、遠巻きに漂う気配を深く気に留めることなく、店を後にした。


 復元屋に戻ると、クロエが戻ってきていた。


「何よ、その大荷物は?」


 クロエはシズが抱える箱を見て、少し呆れたように問いかけた。


「掘り出し物、かもしれない物たちだ」


 シズは少しニヤリとして答えた。クロエは興味津々で箱の中身を覗き込んだ。


「雑な買い物するわねー、なんかさっきに見たやつに似ているような」


 そう言いながら、クロエは目をを光らせてしばらく品物を確認していたが、やがて興味を無くし、得意げに一つの物を取り出した。


「それよりいいものを見つけたわよ!」


 クロエが取り出したのは、miniDVテープだった。


「そういうの本当好きだよな。しかし、相当古い記憶媒体だな。テープっていう磁気のやつだよな」


 シズがクロエの手元のテープを覗き込むと、クロエは興奮した様子で説明を続けた。


「すごいでしょこれ⁉︎ miniDVテープよ! 雑に置かれていたけど、状態は抜群。数百年前の遺物かもしれないわ。しかも、これシリーズ物みたいで『②』ってナンバリングされてるのよ!」


「…確かに、中身にもよるけど価値はありそうだ。どこで見つけた?」


「リサイクルショップよ。『リサイクルショップ』って名前のお店」


 シズは思わず眉をひそめた。まさかついさっき自分が立ち寄った店だったとは……。これだけの数の店舗がある中で、なぜこんな偶然が起きるのか。内心、少し悔しさが込み上げるが、ニアミスで貴重なminiDVテープを逃したことに、ため息をする。


「そうか、クロエも同じ店に行ったのか。職業病ってやつかね」


 シズがぼそりと呟くと、突然、第三者の声が背後から響いた。


「相変わらず君タチは仲が良いねぇ。嫉妬してしまうよ」


 二人は驚いて声の方へ向き直った。そこには、入り口近くの椅子に座る男性、ジャンがいた。


「げっ……!」


 クロエは思わず大きな声を漏らしてしまった。


「ジャン、お前いつの間に。普通に入ってこいよ」


 シズが呆れたように言うと、ジャンは軽く肩をすくめた。さっきから感じていた視線の正体が話しかけてきた。ジャンと呼ばれた男性は、シズとクロエとも既知であり、たびたびクロエをナンパしていた。暇があればこちらに絡んでくる迷惑なやつだが、悪い奴でもない。


「君タチが戦利品に夢中になってる間にね。まるでハトが豆鉄砲食らったような顔してるじゃないか。コケーってね!」


 ジャンはシズの店にわざわざ這いつくばるように忍び込み、二人を観察していたらしい。


「あ、ダメだ、やっぱ苦手よ、面倒くさい。ちょっとこのテープの映像を取り出す機器を探しに行ってくるわね! miniDV扱うにはパーツが足りないから!」


 クロエは小声で何かつぶやいたかと思うと、出かけると言い残し、そそくさと急いで店を後にした。


「ほんとに相変わらずつれないねぇ、まったく! そんなに冷たくされたら、夜も眠れないよ!」


 ジャンは両手を広げながら、シズに向かって肩をすくめた。クロエの対応も、ジャンの軽口もいつものことなのでスルーして会話を続ける。


「で、ジャンは何しに来たんだ? エコーなら売り切れだぞ」


「ルナくんのエコーかい? それは買わなくても頭に入っているよ。それより何しに来たか決まってるじゃないか! お宝探しさ、君タチもやってるだろう?」


 ジャンはニヤリと笑いながら、シズが買ってきた物品を次々に手に取っては、勝手に鑑定し始めた。


「これは2100年製のクォーツ時計だな。意外と頑丈に作られてるけど、内蔵データは、見たところまったく残ってないな。価値はなし。で、こっちは、初期型のデジタルカメラか。ふむ、古いタイプだな。記憶媒体も抜かれてるし、使い道もなさそうだ。次は、おっ、レトロゲームのコントローラーか。うーん、単体で使えないタイプだし、いらないね」


 シズはジャンが次々と品物を投げ捨てるのを、慌ててキャッチしながら、不満げに口を開いた。


「おいおい、丁寧に扱えよ! 相変わらず中身のデータにしか興味ないんだな」


 ジャンはシズの言葉を軽く受け流し、物色を続けていた。


「お、こいつはオルゴールってやつか。これ自体が音楽の記憶媒体だな。さてさて、どんな曲が……鳴らない。シズ、これ直してくれ」


 そう言ってジャンは、またもやシズにポイっとオルゴールを投げ渡した。


「だから投げるなって!」


 シズは他の品を抱えながらも、器用にオルゴールをキャッチした。


「うん、錆びてはいるけど、目立った破損はなさそうだな」


 シズはオルゴールの蓋をゆっくりと開けた。古びた金属の軋みが響き、ほんの一瞬、何か違和感を覚えた。蓋の裏側に貼られたシールの微かな膨らみ。


「ん? これは」


 シズは慎重にシールを剥がし始めた。古い粘着剤がゆっくりと剥がされる。そして現れたのは、予想外の存在―小さなデータチップだった。


「なんだコレ?」


シズは手に持って呟いた。

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