ジャンク品は宝の山?
第01話:青空バザーへの出店準備
「んん”〜」
シズは伸びをし、雲一つない青空を見上げた。シズとクロエは、都市内の広大な広場で開かれる青空バザーに来ており、今はその出店準備の真っ最中だった。
春先で涼しい気候だったため、対応調整のナノマシンや冷却システムも不要だった。ここにくる途中にも、澄み渡った富士山がよく見え、まさに気持ちの良い日だ。
「これだけの出店数があると、壮観ね」
クロエが感心したように言った。見渡す限り、100店舗ほどの船が整然と並んでいる。それぞれが準備を進めており、船体同士がトラブルを起こさないように、AIがナビゲートして着陸区画が厳密に配置されている。
シズとクロエの店は「OMOKAGE(オモカゲ)」から「MABOROSHI(マボロシ)」に改名され、機体番号もRE-003とされ、クロエによって何かしら店を改造しているようだ。基本的に紹介ベースで仕事を請け負うため、名前の変更に別段デメリットもなく、シズはクロエの好きにさせている。そして、バザー出店に向けて応接間を半開放しつつ、タープを貼って露天商風にアレンジしていた。
バザーは、ほぼ何でもあり(違法品やアダルトは除く)で、さまざまなジャンルの店が立ち並んでいる。復元屋に隣接しているのは、どうやら飲食店のようだ。店舗内以外でもドローンは禁止されており、機械音よりも準備に忙しい人々の声で賑わっている。
シズは隣の飲食店に掲げられたメニューを見て、思わず
「火星カルビ、サンチュ巻きセットか。うまそうだな」
よだれを垂らしそうになりながら、メニューに目を奪われた。しかしよく見ると、月面トリュフ風味ピザだの、国産ジャガイモ風味の宇宙チップスといった感じで「風味」という文字が小さく書いてあった。やはり前言撤回、代替調味料を利用した安物かもしれない、美味しくなさそう。
「ちょっとシズー!これここでいいよね?」
クロエが確認してきたが、シズの耳にはあまり入っていないようだ。いつもの赤い着物ではなく、帽子にTシャツにジーンズと動きやすそうな格好をしている。まぁ、素材は全部同じなのだが。
「任せるわ〜」
そう言いながら、シズはふらふらと散歩を始めた。クロエの「コラー!」という声が遠くから響いてきたが、シズは気にせず、広場全体を見渡した。開店準備で広場は活気に溢れ、忙しい雰囲気が漂っている。
バイオ工芸品店、生体認証アクセサリーショップ、バーチャルペットショップ、ホログラムライブカフェなど、さまざまな店が軒を連ねていた。
「未来霊視館か。エンタメっぽいけど、妙に本気な雰囲気だな」
他にも次元旅行案内所など怪しげな店もいくつか見つけたが、気になる店舗を一通りチェックした後、シズは要約自分の店舗に戻ってきた。
当然、クロエにこってり怒られた。
「あたしこの後、バーチャルで講義があるから、残りの店の準備ちゃんとやんなさいよ! 働かざるもの火星カルビは食べられないわ!」
シズがカルビを欲しそうに見ていたのを、クロエはしっかりと見ていた。しかし、商品のほとんどに風味と書かれていることには、気づいていないようだ。
「こないだの金は? ちょっとくらい使ってもいいだろ?」
シズはやや不満げに言った。
「ダメよ。無駄遣いはできないわ。欲しいものがあるなら、まずは自分の商品を売りなさい」
相変わらずお金に厳しいクロエである。その堅実さがなければ、二人はとっくに破産していただろう。
「そもそも今月分のUBI(ユニバーサルベーシックインカム)があるでしょ?」
「使っちまったよそんなもん」
「まだ今月、20日も残ってるのになんて計画性のなさ……」
クロエは完全なアホを見るような驚愕の顔でシズを見た。しかし、シズはその視線をまったく気にせず、さっさと準備に取りかかり始める。
「あ、もう時間だわ! じゃあね!」
クロエはそう言って、さっさと奥の部屋に入り、ガガガガチャと頑丈そうな鍵がかかった音がした。シズは不思議そうにその扉をじっと見つめた。
「あの部屋に鍵なんてあったか?」
シズは知らない間に改造され続ける自分の船体を見渡し、
「この船もずいぶん変わったな」
と哀愁漂う感じで呟いた。
すると船体が、以前にはなかった合成音声で『日々進化しています』と応答した。…こんなお喋りをするやつでもなかった。
クロエがいない間、シズは店頭にホログラフィック機器や、売り出し商品であるエコー(特定の記憶を体験できるソフト)を並べた。エクサネットでの直接閲覧ではなく、ここでしか手に入らない限定データチップタイプにしている。復元屋ならではの過去の偉人や特定の文化、ある時代の暮らしなどを2時間程度、電脳で直接体験できるものだ。
「限定エコー『ルナマリア』」と大きくホログラムで宣伝を表示し、「月面アーティスト『ルナマリア』が売れる前の様子を覗き見!」と売り文句を加えた。
ルナマリアという、現在では名の売れたアーティストがいる。彼女は月面の重力を利用した、実際の身体を利用したアクロバティックな演舞に、リアルな光やARを利用した演出を使いつつ、大規模な絵を描くショーをやっている。
シズとルナマリアは、シズが公安になりたてのころからの知り合いで、酒を酌み交わす仲だ。もちろん、恋人のような甘い関係ではなく、仲の良い数人で集まり遊ぶ、そんな感じだ。
まさか彼女も自分の昔話がこのようにエコー化されるとは思っていないだろう。彼女の華やかな月面ショーとは対照的に、昔の私生活が軽く入ったドキュメンタリーのような内容になっている。また、ルナマリア視点ではなく、昔の仲間たちの視点で彼女を描いたエコーだ。
他にも、「火星開拓者の日常」「消えゆく自然の追憶」「ドッペル犯罪の捜査日記」「詐欺師に騙されないための、詐欺師視点の騙し方」など、さまざまなエコーが揃っている。それぞれの内容がイメージしやすいように、短い映像をミックスして連続再生するようにホログラムを調整した。
「終わったー」
ガガガガチャと鍵を開けてクロエが戻ってきた。
「あ、ルナちゃんのエコー? あたしそれ好きなのよね。…で、本人の許可は取ってる?」
「大丈夫大丈夫。あいつはそんな心の狭いやつじゃない」
「私は知らないわよ」
そんな会話をしながら、明日の一斉開店日に向けて着々と準備を進める。
「復元屋『MABOROSHI(マボロシ)』じゃ売れなそうよね、エコーショップってわかりやすくしちゃった方がいいかしら?」
「職業のアイデンティティを侵害してるぞ」
シズは商品を細かく陳列し、クロエは独創的な店舗の雰囲気作りに精を出していた。シズはあらかた終わると休憩がてら、何かうまいものはないかとバザー出店一覧情報を眺め、だらけていたが、クロエはせっせと思い通りになるように内観・外観ともにこだわり続けていた。
復元屋の店内だけでなく、軒先や縁側風に椅子をつなげたり、赤い傘を用意したり、クロエの好きそうな形は出来上がってきていた。
ようやく一通りの準備が整い、明日に備えて寝る準備をする二人。
「ここまでやって、明日雨降ったりして」
シズが天井を見上げてぽつりと漏らした。
「晴れ予報よ。でもスコールが心配なら、シズの髪の毛刈って、てるてる坊主でも作る?」
クロエがいたずらっぽく笑って提案した。
「俺が吊るされるってことか?」
シズは自分がボウス頭で吊るされる姿を想像し、「ウゲェ」と嫌な顔をした。二人のやりとりは、やがて夜の静寂に溶け込んでいく。バザーの賑わいも徐々に収まり、静かな夜が広がっていった。
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