第12話:立ちはだかる壁

 やばい、やばい、やばい。


 シズはNo4と対峙しながら、体力の限界が近づいているのを感じていた。呼吸が荒くなり、心臓がドラムのように激しく脈打っていて、全身が疲労で重く感じられる。

 No4はまるで鋼鉄の塊のように固く、シズの攻撃はほとんど効かない。その耐久力は異常で、脳を揺さぶる攻撃を当てる隙すら見つからなかった。


「強っ。はぁはぁ、このNo4、人間だよな?」


 シズは苛立ちを抑えながらも、集中力を切らさないように必死だった。

 その時、ブレアの鋭い声が通信で響いた。


『シズ、PLF(Pin and Last Finish)だ!』


「PLF……ってなんだっけ⁉︎」


 シズはその略語を聞いた瞬間、一瞬だけ公安の記憶が蘇ったが、考える暇はなかった。目の前のNo4は、少しでも油断すれば致命傷を与えてくる。シズは意識を集中し、戦闘に没頭した。


「部長、お前は私がヤツの両腕を押さえたら、足にしがみつけ!」


 ブレアの指示は冷静さを感じさせたが、2人がかりの技なので本来部長は必要ない。相手の注意を反らせれば儲けもんだとブレアは命じた。


「俺がか⁉︎」


 部長は驚きと恐怖が入り混じった表情を見せた。彼は逃げ出したい気持ちを抑えながら、突きつけられた銃と逃げ出せない状況でによって覚悟を決めた。

 ブレアは迷わず光学迷彩を起動し、その場から姿を消した。彼女は気配を完全に消し、No4の背後に静かに忍び寄る。シズはその動きを察知し、No4の注意を引き続けるが、迅速かつ正確でありヘルメット越しに伝わる振動からも、その攻撃の破壊力が伝わってきた。


「うっ、持たん!」


 シズは息を切らしながらも、ステップを踏み続け、攻撃のリズムを崩さないようにしていた。公安時代の連携を思い出した彼シズは、時間稼ぎをし、ブレアがNo4を拘束するための隙を作ることだった。

 シズが攻撃を受け流し、No4の片方の腕を掴んだ瞬間、ブレアが姿を現し、全力で背後から「ガシィ」とNo4を抱え込んだ。彼女の動きは一切の無駄がなく、完璧に計算されたタイミングだった。


「う、うぉぉぉぉ!」


 部長は恐怖と焦りで声を震わせながらNo4に近づいたが、瞬間、No4の前蹴りが部長の顔面に直撃した。部長は一瞬で床に倒れ込み、呻き声を上げた。

 その一瞬の隙を逃さず、シズは逆立ちのような姿勢を取り、両手でNo4の顔をしっかりと掴んだ。シズはニヤリとした表情を浮かべた。


「ナイス部長!はぁ、はぁ……これで!」


 バリバリバリィイィ!


 シズは全力でNo4のポート部分に電流を流し込んだ。その瞬間、No4の目が焦点を失い、全身が痙攣し始めた。そして、ついにその巨体が地面に崩れ落ちた。

 大放出された電撃にNo4だけでなく、シズとブレアもかなりの痺れを感じた。ヘルメット越しではわからないが、二人ともアフロになっているかもしれない。


「はぁ、はぁ、疲れた……しんどい」


 シズは体中の力が一気に抜け、その場に座り込んだ。ぜいぜいと息をしながら、呼吸を整えようとしていた。


「よし!」


 ブレアはPLFがうまく決まったことに満足した様子でシズに声をかけた。


「シズ、時間がない! この部屋の壁は、旧鉄道の沿線に隣接しているらしい」


 ブレアは部屋の壁を探りながら、情報を共有した。声は焦燥感に満ちていたが、まだ冷静さをなんとか保っている。


「あ、あー壁を壊すってことか? 来た通路はやっぱりだめ?」


 シズは荒い息を整えながら尋ねた。戦いの緊張感が抜けた途端、体の疲労が一気に押し寄せてきた。


「そっちはもう埋められているらしい」


ブレアが壁を調べながら話しているが、旧地下鉄の空洞に隣接している箇所がわからなかったようだ。ブレアが倒れ込んだ部長の頬を再び叩き、無理やり意識を取り戻させた。彼女の目は冷たく鋭く、部長に一切の情けをかけるつもりはなかった。


「閉鎖の進行状況はどうなってる⁉︎ あと、旧地下鉄に繋がる壁はどこだ⁉︎」


 ブレアの声には冷徹な怒りが込められていた。部長はかすかに震える手でパネルを操作し、情報を確認する。


「あと1分ほどで神経ガスが噴射され、その5分後にナノマシンが分解を始める! 地下鉄への壁は、恐らくNo4がいた部屋の壁だ!」


 部長が声を上げる。シズはおもむろに、机に置いておいた四角い物体を拾ったかと思うと、中から何かを取り出し壁に取り付けた。少し下がって、言い合いをしている2人に向かって


「壁を爆破するぞ、耳を塞いだほうがいい」


 シズが箱の中にあるスイッチを押すと、ドゴォォォォォ!と轟音が地下全体に響いた。その轟音にブレアと部長は驚愕する。そして、大きな音を立てて、壁が崩れた。


「やばくなったら壁を破壊するのは定番だよな。…ダメだもう腕あがんない」


 強化義体のNo4との激闘で神経はすり減り、攻撃を受け流してきたものの腕は所々腫れ上がっていた。疲労を抱えつつも、シズは崩れた壁の向こうを見つめた。だが、壁の先にあったのは壁だった。爆弾は1つしかないが、どうやら威力が足りなかったようだ。


「……まじか」


 シズが呟くと、天井から「プシュー」とガスが噴射される音が響いた。無色のガスがゆっくりと広がり始め、その範囲がどこまで及んでいるのかはわからない。


「どけ!」


 ブレアは崩れかけた壁に向かい、全力で強烈な蹴りを繰り出し続けた。しかし、次第に地下全体にガスが行き届いていくのを感じる。徐々に思考が鈍くなりだし、ブレアは焦り始める。ドンっ!ドゴォ!とリズミカルに音が響き、少しずつだが壁に穴が開いてきてはいるものの、時間との戦いは厳しさを増していた。


「ま、なるようになるか」


 シズはそう呟くと、徐々にやってくる眠気と痺れに任せて瞼を閉じた。かなりのピンチのはずだが、逆にシズの心は落ち着いていた。クロエやオヤジ、コウというメンツへの信頼感かもしれない。

 シズは目の前の光景が徐々にぼやけていくのを感じた。ブレアが壁を破壊しようとする音が、いつの間にか心地よいリズムになり、シズの意識はさらに薄れていく。彼の周りの世界が揺らぎ始め、現実と夢の境界が溶け合うようだった。

 音が聞こえなくなってきて夢か現実かわからなくなる。シズの中で現実の音と、どこか遠い記憶の中の音が混ざり合い、彼はまるで夢の中を漂っているかのように感じた。

 なんだか暖かいお湯に浸かっているような、ほのかな安心感が広がっていく。そうだ、いつもならこの時間は風呂に入っているはず。今日の出来事も、もしかして全部夢なんじゃない?

 大金が入る、そんな話も夢だったのかもしれない。薄れゆく意識の中で、シズはクロエの声を聞いた気がした。


「シズの義体、ボロボロじゃない⁉︎ 修理代かさみそうじゃないこれ⁉︎ 利益がまた減る!あー!」


 その声が遠くから響いてくるように感じたが、シズにはそれが現実なのか夢なのか区別がつかなかった。ただ、最後に聞こえた声の内容からすると、どうやら悪夢である可能性が高い……。

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