第11話:閉じ込められた⁉︎

「クロエ⁉︎ おい⁉︎」


 外部との通信が遮断され、シズは目の前に迫ってくる被験体たちを見て、近距離通信に切り替えてブレアに呼びかけた。


『ブレア! 外部通信ができない。被験者は俺が食い止める。お前は部長から脱出方法を聞き出せ!』


 シズはそう言うと、一部の戦闘に邪魔になりそうな装備を机に置いて、すぐに迫り来る被験者との戦闘に入った。


「おい! こっちだ!」


 シズは被験者を巧みに誘導し、戦闘エリアを移動しながらブレアと部長から距離を取った。彼の心には焦りがあったが、それを隠しながらも冷静に対処しようとしていた。

 一方、中央モニターに激しく叩きつけられていた部長は、頭が鈍く痛む中、なんとか意識を取り戻しつつあった。彼は朦朧とした状態で、自分がどれほど危険な状況にいるのかを理解し始めていた。しかし、体は思うように動かず、ただ手をついてうずくまるしかできなかった。

 その瞬間、ブレアが彼の前にしゃがみ込み、無慈悲に彼の頬を叩いた。


「オラオラ、起きろ!」


 ブレアの冷たい声が、部長のぼんやりとした意識に鋭く響き渡る。

 部長はその声に反応し、ゆっくりと目を開けた。視界がぼやけ、彼の目に映ったのはヘルメットをかぶったブレアの姿だった。彼は恐怖と混乱で思考がまとまらず、ようやく言葉を絞り出す。


「お前、誰だ、何を?」


「っち! 公安だ」


 ブレアは無感情に公安の証を見せ、続けて冷徹な口調で言い放つ。


「今は説明している時間はない。ライフパートナーの会長がこの施設を閉鎖しようとしているんだ。お前もここで死ぬ気か?」


 部長は一瞬言葉を失い、ようやく事態の深刻さを理解した。彼の視線は、目の前で繰り広げられている戦闘に移る。被験者が公安の一員と激しく戦っている様子を目にし、彼の心臓は恐怖で早鐘を打ち、冷や汗が額を伝った。


「No4も外に! まさか……」


 部長は恐怖に駆られ、咄嗟に動き出した。


「閉鎖の進行はどうなっている⁉︎」


 部長は近くのパネルに飛びつき、慌てて状況を確認し始めた。


「っく! 通路側の隔壁はもう埋められたか! 神経ガスはまだ出ていないな…。自壊プログラムは止められない、会長め! 俺ごと隠滅するつもりだったのか!」


「いいから! やって来た通路は開かないのか⁉︎」


 焦りと怒りが入り混じる部長の声に、ブレアは冷静さを保ちながらも内心の焦燥感を隠せなかった。彼女は部長を強く揺さぶり、真実を引き出そうとする。


「もう無理だ、恐らく速乾性のコンクリートが通路内に満たされているはずだ。この通路の長さは8mはある、とても破るのは現実的ではない」


 部長は掴まれたまま、苦しそうだが冷静に答えた。


「他に脱出ルートはないのか⁉︎ 早く言え!」


 部長はブレアの鋭い目つきに若干怯えながらも、何とか言葉を搾り出した。


「ぐぅっ、だ、脱出なんて。いや、待て、で、できる可能性はある。ただし、条件がある。俺もバカじゃない。公安がここに来ているということは、たとえ脱出できたとしても、その後の人生は刑務所暮らしだ。だからここは、取引といこうじゃないか」


 徐々に強気な口調になっていく部長に対し、ブレアは冷たい視線を送りながらも、その提案を検討する。


「お前、そんな立場にあると思ってるのか?」


 ブレアの冷たい視線が部長を射抜く。彼女は怒りを抑えつつも、部長の言葉に耳を傾けた。

 部長は渇いた喉で言葉を続ける。


「いいのか⁉︎ このままだとあと5分もすればガスが充満して、全員動けなくなる。その後ナノマシンによる分解が始まって、確実に死ぬんだぞ!」


 ブレアは一瞬ため息をついたが、すぐに冷たい笑みを浮かべた。


「……アタシには取引を決定する権限はない。現在外部通信も絶たれている」


「ちっ!使えない、下っ端か」


 部長は苛立ちを隠せない様子で吐き捨てる。その瞬間、ブレアは彼の胸ぐらを掴み、再度強く叩きつけた。


「ぐっ、わ、わかった、こうしよう。ならお前個人との契約だ。司法取引ができるように俺を地上まで安全に保護しろ。研究データを引き抜いたかもしれないが全てではない。それだけでは足りないだろう。契約が完了しなければ、脱出方法も話せない」


 ブレアは無言で部長の言葉を聞きながら、内心冷たく笑った。この男に取引を持ちかけられるなど屈辱的だったが、今は状況を優先するしかない。彼女は部長の命の値段を測りながら、腰のホルスターから銃を抜き出し、冷徹に言った。


「いいだろう、契約する。だが、お前が裏切れば、その時は容赦なく命を奪う。不審な動きを見せたら、即座に射殺する」


 部長は震える手で契約書に同意のサインをした。彼の心には恐怖と焦りが渦巻いていたが、もはや他に選択肢はなかった。2人の間に重い沈黙が流れる中、契約は成立した。

 そのとき、少し離れた場所でシズから通信が入った。


『おい! もういいか! こっち! うぉ、手伝え!』


 No1〜3は既に倒れており、No4との壮絶な防戦を繰り広げていた。

 No4の強烈な一撃を足で受けたシズは、壁に叩きつけられながらも耐えていた。壁には大きなヒビが入り、まるで壊れかけの建物のように見えた。

 ブレアは状況を理解し、シズの元に駆け寄る前に部長を突き放し、銃を突きつけて急かす。


「早く案内しろ!」


 部長は震える手で方向を示しながら話し始めた。


「この地域には昔、地下鉄が張り巡らされていたんだ。この地下施設は、廃線となった地下鉄の路線に隣接している。被験体たちの部屋の奥がそれに通じている。しかし、壁の厚さは1メートルもある」


 ブレアは焦りを抑えつつも冷静に尋ねた。


「それだけ厚いとなると、破壊するための機材が必要だろう?」


 部長は恐怖を隠せないまま答えた。


「ろくな機材はない。隔離を指示する側が閉じ込められるシナリオなんてシミュレーションしてないしな。もしもそんなことが起きたならNo4を利用して壁を破壊するだろうな。しかし、俺より上の権限で隔離指示が出てる今、No4が命令を聞くかもわからない」


 2人が話している間も、シズはNo4の激しい攻撃をギリギリのところでかわし続けていた。ドゴォッと壁に打ち付けられる音が響き渡り、緊張が高まる。

 ブレアは考えを巡らせた。


「No4はどんな義体を使っている?出力はどれくらいだ?」


 部長は焦りながらも答えた。


「No4はグリムテック社製の強化義体を使っている。瞬間的には最大2,000ニュートンメートルのトルクを発揮できるはずだ」


 その言葉を聞いて、ブレアは冷たい決意を固めた。


「それなら、アタシでも代用できるかもしれない。とりあえず、No4に向かって命令を出してみろ」


 ブレアは部長を押し立て、No4に命令を下すよう促した。

 部長は震える声で叫んだ。


「No4!動きを止めろ!」


 No4はその声に一瞬だけ反応し、こちらを見た。しかし、その瞳には人間らしい感情はなく、すぐに再びシズへと襲いかかった。


「やはりNo4は誰もここから出さないように動いている! 全員を隠滅するつもりだ…」


 部長は悪い想像が当たったと呟く。

 ブレアは冷たい汗を感じながらも、次の一手を考え始めた。

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