第10話:研究施設の隔離
ここでシズの役目は終わりかと思われたが、そうはならなかった。中央モニターのウイルス遠隔削除リストには、シャーロットだけが「削除失敗」と表示されていた。
「19名のウイルス除去に成功。エラーが1名。シャーロット・アシュフォードは外部からの接続が遮断されています」
AIの合成音声が淡々と告げる。これを聞いた部長は、焦りの色を隠せずに声を上げた。
「なぜだ⁉︎ なぜ奴だけが」
部長がシズの思いを代弁してくれた。なぜシャーロットだけが削除できないのか。その理由はシズがシャーロット、いや、ブレアの電脳内に張った隔離障壁が、外部からの通信を完全に遮断していたからだ。
『これって、隔離障壁が原因じゃ』
クロエが静かに呟く。シズは頭を抱えるような仕草でうずくまり、結果的に自分が契約の履行を難しくしたことに気づいた。
部長は焦りながら、モニターに映るシャーロットの情報に目を凝らし、何度も操作パネルに手を伸ばす。
「シャーロット。あの女、頭は緩そうに見えて、ガードは固い。最後まで厄介なやつだ。大体あいつは今どこにいるんだ⁉︎」
部長が操作パネルを駆使して外部への通信を試みようとする。シズはすぐにブレアに通信で警告を送った。
『おい、今外部に連絡されたら応援が来るかもしれないぞ。面倒なことになる』
ブレアはその警告に冷静に答えたが、その声には怒りが微かに滲んでいた。
『わかってる。私はあの髭部長をやる』
その声には明らかな恨みが滲んでいた。
『おい、冷静にやれよ。とりあえず、俺が研究員を1人ずつ片付けていく。できるだけ気づかれないようにするが、そこは臨機応変に頼む』
シズはそれと同時に動き出し、姿勢を低くしながら素早く動いた。彼の攻撃は基本的に電気ショックを用いて意識を刈り取る方法だ。音を立てないように研究員の口を塞ぎ、静かに気絶させては、そのまま机に伏せさせた。
研究員たちは作業に集中しているため、思ったよりも順調にことが進んだ。
シズが2人、3人と研究員を次々に気絶させ、残り1人となったとき、ブレアも同時に動いた。シズは順調に全員の研究員を気絶させ、ブレアの方を見た。
そこには、部長が中央モニターに激しく叩きつけられている光景があった。ブレアは強烈な一撃を見舞ったのだ。
『ちょっとやりすぎじゃない? そいつ生きてる?』
シズは凶暴なブレアに少し引いていた。よく見ると部長の足がかすかに動いているのがわかった。
『大丈夫だ。一部義体化しているはずだから、致命傷にはならないだろう』
ブレアは冷静に答えたが、その声にはまだ怒りが残っていた。
シズはいつもの機材を取り出し、手近にあった設備の接続ポートに機材を接続し、研究施設のデータをクロエに送信した。
『コウに情報が漏れないように気をつけろよ』
今回、コウは公安からのサポート依頼で、IDの解析によるゲートの開錠が役割だ。ウイルスに関する情報共有は必要ない。
『善処するわ』
とクロエが冷静に応じた。
『ふふーん』
と、コウが意味深な声を発する。
データ送信が完了すると、監視モニターに表示された映像が警告に変わり、被験体が収容されていると思われる扉が一斉に開かれた。扉には「No1」から「No4」までのラベルが貼られており、それぞれの部屋には経過日数が表示されていた。
ブレアは身構えながら状況を確認する。
『これは、ウイルスによる改変後の経過観察の記録か?』
光学迷彩の使用制限も近づき、被験体に姿が見え始めていた。ブレアがつぶやいた直後、部屋から「No1」から「No3」の被験体が出て、こちらに向かってきた。
『おいおい、もうこれ以上ここにいる必要ないんじゃないか?
クロエと合流していたらしい
『これだけ揃えば大丈夫だ。撤収しろ』
「ライフ……パートナーのために……」
不吉な言葉を呟きながら、被験体たちが襲いかかってくる。その中で、「No4」の被験体がゆっくりと立ち上がり、彼らをじっと見つめていた。
『おい!ずらかるぞ!』
シズは元来た道を急ぎつつ、コウに指示を出した。
『通路開けてくれ!』
『あー、シズちゃんこれは……地下施設ごと封鎖する流れだね。これは部長より上、会長の指示かもしれないなぁ。部長や開発関係者も消されるかもしれない』
コウが冷静に言う。
『……つまり?』
シズは疑念を抱き、コウに確認した。
『通路は開かない。もうこのIDは使えないよ〜』
シズがもう一度問いただす。
『…………つまり?』
『つまり、自力で脱出するしかないね』
コウが軽い調子で答えた。
『っく!シズ!内部の構造はこちらのデータだけだとわからないわ!部長…』
クロエが焦りながら伝えるが、その瞬間、外部との通信が突然すべて遮断された。
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