第09話:緊迫の回収作戦
「時は金なり…」
シズは小声でつぶやいた。
ウイルスの証拠が隠滅される前に潜入し、対策プログラムをブレアに適用しなければ、契約金700万ユニカが無駄になるという意味だ。また、ウイルス以前にブレアの身に万が一のことがあれば、それはそれで契約金がもらえない。そして契約破棄になれば赤字で、クロエの機嫌の悪さも鯉の滝登りよろしく竜になって火を吹きかねない。
『命大事にね。そして、全力で700万ユニカ、確実に稼いで』
クロエからの心配とも脅しとも取れる通信が入るが、シズは気にせず、目の前の任務に集中していた。研究施設に潜入する計画は、事前の話し合いで決まった。ブレアが連れ去られた事件、偽装IDの使用、そして公安の動きを察知しているであろうライフパートナー社が、ほぼ確実に証拠隠滅に動くと判断したのだ。
シズの脳裏には、少し前のやり取りがよぎっていた。
「700万ユニカのために潜入捜査に付き合うか?」
「でも300万ユニカだと赤字よ」
「まじ?」
「代替の偽装IDは必須だし、船体も修理したい。シズの銃痕残った義体はまぁそのままでいいとしても、情報屋への滞納分を支払ったら、すっからかんになるわよ」
「俺への気遣いもう少しあってもいいんじゃない?」
そんな会話を経て、今、シズとブレアはライフパートナー社の地下にある秘密の研究施設に潜入するため、施設の外で待機している。普段は閑散としているこのエリアも、今回は警備が強化され、厳戒態勢が敷かれていた。
『こちらシズ、配置についた』
シズが通信で静かに報告すると、ブレアから冷静な声が返ってきた。
『こちらブレア。いつでも行ける』
彼女の声には緊張感が漂っていたが、冷静さを保っているのがわかる。
二人は、ライフパートナー社の施設に潜入するため、非常階段が見える位置で待機していた。この階段は外部からIDでしか開けられないが、開発主任のIDを使えば突破可能だ。
『セキュリティが強化されてるな…。各所に配置された自律型ドローンがパトロールしている。ドローンのAIは、異常な動きや微細な変化にも即座に反応するようにプログラムされているから、気をつけろ』
シズが周囲を見渡しながらつぶやく。施設の入り口だけでなく、警備ロボが徘徊しているのが見える。
『では作戦開始』
ブレアがそう言うと、施設の入り口付近で酔っ払いの大声が響き渡った。これは斉藤が変装して仕込んだ演技だ。酒を手に持ち、警備の注意を引きつける役割を果たし、単純だが効果はある。
ブレアはその隙を逃さず、義体の脚力を駆使して宙を舞い、3Fの手すりに飛びついた。音もなく非常階段の2F入り口に着地した。シズもその後を追い、二人はまるで息の合ったコンビのようだ。
『よし、順調だ。集中しろ』
シズは自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、周囲の状況を注意深く見ていた。
ブレアの端末を通してコウが遠隔操作で開発主任のIDを認証すると、非常階段の扉が静かに開いた。
『ドアは開いたよ〜、じゃあセキュリティ偽装スタート!』
1年間潜入し、構造をよく知っているブレアが先導し、二人は内部に侵入していく。
施設内は緑色の非常灯の淡い光がある程度でかなり暗い。二人は暗視スコープを使いながら迅速に地下へと続くエレベーター前に移動する。コウとクロエがサポートし、監視カメラのループ映像を回し、赤外線センサーを一時的に止める。
するとシズとブレアは急に体温が下がったような寒気を覚えた。
『サーモグラフィー対策で、スーツの変温機能を調整したわ。体温を床の温度と同調させたから、少し寒いと思うけど』
なんてことはなく、物理的に寒くなったことをクロエからの報告で分かった。
ブレアが2Fのエレベーターボタンを押すと、エレベーターが下から上がってくる音が響いた。彼女は素早く動き、階段を降りると1Fのエレベーター前へと移動した。シズも見失わないように遅れずにブレアの後を追う。
『ガコン』と小さな音がして、エレベーターのドアが手動に切り替わる。
『あと10秒で偽装が切れる、急いで!8…7…6』
クロエがカウントダウンを始める。緊張感が漂い、二人の息遣いが少し荒くなっていく。シズは心の中で、ギリギリだなと思った。
『4機のエレベーターのうち、地下へとつながるのはこの1機だ』
ブレアがエレベーターのドアを手動で開きながら、暗闇の階下へ視線を向ける。ブレアはエレベーターロープに飛び移り、シズもエレベータードアを閉め飛び移った。セキュリティの偽装内に二人はギリギリでエレベーター内部に身を隠し、息を潜めた。
『ふぅ、久々の緊張感だな』
シズは息を吐きながら、下に降りていくブレアを見つめ、後を追った。
地下のドア前に到着し、ブレアがドアを開けようとしたその瞬間、突然エレベーターロープが動き出した。
『自動で1Fに戻るにはまだ早い、誰か来たか⁉︎』
ブレアはとっさにドアを開け、中へと飛び込んだ。
『ちょ、待て!』
シズは勢いよく降りていくエレベーターロープから離れ、三角飛びで壁を蹴りながら降りてくるエレベーターをかわし、なんとかドアから中に飛び込んだ。ブレアがすぐにドアを閉めると、直後にエレベーターのドアが自動で開き、中から男が出てきた。
シズの鼓動が高鳴る。どうやら、コウがうまくエレベータードアの手動切り替えをしてくれたらしい。
地下の部屋は電気がつき、明るくなった。
『危なかった…!』
光学迷彩を起動しているシズが冷や汗を拭った。ドッドッドッと高まっている鼓動が聞こえないか心配になるくらいだ。
ブレアもノンストップでここまで来たため、若干肩が上下している。二人は息を潜め、男が歩いていくのをじっと見守った。その男は会長派閥の部長で、迷いのない足取りで地下の部屋の右奥へと真っすぐ向かっていく。
『好都合かもしれないねぇ、部長の後を追えば主任IDの痕跡も少なく、多少だけどリスクが下がるよ〜』
コウから通信がくる。
『お前の喋り方は緊張感がなくなるんだよ』
シズが文句を言う。
『後を追う』
ブレアは短く返事をし、先行した。二人は部長の後をつけ、地下の秘密施設への侵入を狙う。部長が壁に向かって手をかざし目を閉じると、奥へとつながる通路が現れた。
『閉じる前に行くぞ!』
二人はすぐに後を追い、ギリギリで部長が開いた通路に滑り込んだ。
通路を進むと、広大な研究施設が広がっていた。数人の研究員が忙しそうに働いており、警備ロボットや研究用のロボットも配置されている。ガラス張りの別室には、数名の被験体らしき人物が横たわっている。その光景に、ブレアは目を細めた。
『やはり情報が流出していると疑われているな』
ブレアがつぶやいた。部長は、イライラしながら重要証拠の移動と痕跡を消す作業を指示しつつ、フロア内を歩き回っていた。
その後、彼は中央のモニター前で作業を始め、ウイルスが埋め込まれた人員リストを表示した。
『もう少しデータを取りたかったが、仕方ない…』
部長は苦々しい表情で、遠隔でウイルスの自動消滅コマンドを実行した。モニターには『遠隔でウイルスを削除中です』と表示され、次々とリストにチェックマークがついていく。
『これで証拠は残らない…。あとはこの場所だな…』
部長が悔しげに呟き、リストの完了を待たずに物理的な資料の整理を始めた。
シズは心の中でつぶやいた。
『あれ、ウイルスが消滅するってことは、俺の役目終わりじゃない?』
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