第05話:情報屋とオヤジ
シズは、呆然としている元運転手をソファに座らせると、クロエが眉をひそめながら尋ねた。
「どうするってこっちが聞きたいわよ?これ以上、状況をややこしくしないでくれる?」
シズは肩をすくめ、少し困ったように視線を逸らしながら答えた。まるで宿題を忘れた小学生が先生に問い詰められる瞬間の気持ちだ。まして、シズの方が9歳も年上なのに。
「この人に車で引かれた」
ビッと指を差し、子供みたいな言い訳をしたシズ。元運転手はギョッとした顔でシズを見上げ、その表情には恐怖と混乱が入り混じっていた。何が起こっているのか理解しようと努めるが、彼の頭の中は霧がかかったように混乱していた。
「全然答えになってないし。というか車使わなくても、義体の出力調整とブースターで来れたんじゃない?変なもの拾ってこないでよ」
「ブースターは連続使用しすぎるとなぁ…」
クロエはシズの曖昧な言い訳に呆れた様子を見せたが、「変なもの」扱いされている元運転手の怯えた表情に気づくと、脱ぐようなジェスチャーをしながらシズに言った。
「いい加減、その帽子っていうかマスク? 外したら?」
シズは目出し帽を脱ぎ、髪をかきあげながらラフな格好に戻ると、軽い調子で言った。
「まぁ、成り行きで車を借りたけど、どう見ても物騒なやつらだったしスマートガンだぜ?放っておけば命が危ないかもしれないと思って。ま、経験則だな」
「どうかしら。流石に関係ない人には手を出さないんじゃない?」
クロエはそう言い残すと、奥の部屋に戻り『カチャ、カチャ』と何かを入れる音をさせた。
元運転手は心の中で何とか状況を整理しようと必死だったが、現実感がまるでなく、まるで悪夢の中にいるような感覚に包まれていた。シズは動揺している元運転手を、ただ生あたたかい目で見守っているだけだった。
すると、ハーブティーのカップを持ってクロエが戻ってきた。元運転手に差し出し、優しく微笑んで声をかけた。
「巻き込んでしまって申し訳ないわ。とりあえず、これでも飲んで落ち着いてください」
元運転手は着物姿の美少女に差し出されたカップを見て、ようやく自分の置かれた状況に気付き始めた。しかしその気付きは、さらに彼の不安を増幅させた。
「お前たち、一体何者なんだ? 公安だってのは嘘なんだろう⁉︎」
彼は怯えた目で二人を見つめながら、警戒心を露わにして問い詰めた。クロエはその視線を受けながらも、あっさりと答えた。
「まぁ、嘘ですね」
その冷淡な返答に、元運転手の顔には恐怖が色濃く浮かび、手が震え出した。もしかして極道なのか?彼は必死に自分を落ち着かせようとしていたが、その努力も虚しく、不安と恐怖が彼の心を支配していた。
「こ、これは拉致だぞ!俺は記者だ、無事に解放しなきゃ、お前たちのことを公に……」
元運転手が言い終わる前に、彼は驚いた表情のまま静かにソファに倒れ込んだ。シズは素早く背後から麻酔の針を突き立てていた。
「”元”がつく公安だけどな」
クロエはシズを鋭く睨みつけ、少し苛立ちを隠せない様子で声を上げた。
「ちょっと、せっかく穏便に済ませようとしてたのに!」
「いやいや、嘘ですとか言って興奮させてただろ。穏やかにいこうとしたけど、穏やかに終わらないのがこの仕事さ」
シズは軽く肩をすくめ、笑みを浮かべたが、クロエの表情は険しいままだ。
「絶対そんなことない。復元に関係ないじゃない。それに、注射なんてものもよく使うわ、痛そう…」
彼女は用意していた睡眠薬入りのハーブティーを無駄にされ、イライラを募らせた。
シズはそれには構わず、元運転手を寝台に乗せると、後頭部の接続ポートに機材を接続した。すると、男の簡易的な情報がホログラムに浮かび上がる。ハーディ・コマレ。エクサビュー社勤務の記者。彼が眠る前に話していたことは事実だったようだ。
シズは情報を確認しながら、クロエに問いかけて状況を整理しだした。
「とりあえず、ハーディとかいうやつはいいとして、今の状況を把握しないと。シャーロットの解析はどうなってる?」
クロエは少し眉をひそめながらも、冷静な声で答えた。
「こっちは久しぶりの船の操縦で手一杯だったのよ」
「まだ途中?」
「いいえ、もう終わってるわ。コウとも連絡を取って、大体の状況は整理済みよ」
コウと呼ばれた男、いわゆる情報屋だ。この界隈では顔が広く、いくつもの名前を持っている。
シズはクロエの迅速なマルチ対応に感心し、軽く冗談を飛ばしてみせた。
「さすが優秀」
「うっさいわね」
クロエは軽くジト目をしながら、真剣な表情に戻り、結論を述べた。
「結論から言うと、シャーロットの中にあったデータは新型の電脳ウイルスだったわ。ライフパートナー社が独自に開発したものね」
シズは目を見開きながら、驚きの声を上げた。
「新型電脳ウイルス⁉︎ ……って、ずいぶん落ち着いてるな、ヤバくないの?」
「まぁ、もう調べ終わったからね。でも、最初に既存データに一致しなかった時は、さすがに冷や汗が出たわよ。一気に体温下がったわ」
クロエはその時を思い出したように若干ソワソワしている。
「で、どんなやつなんだ?」
「こいつの特性は、記憶や性格を改変するの。対象の記憶や行動をリアルタイムで少しずつ書き換えて、徐々に行動変容を引き起こす。そして、目的が達成されると、自動的に痕跡を消す。まるで影の仕事人のような存在よ、電脳専用のね」
クロエは肩をすくめて、少し思い出したようにため息をついた。
「もしこれが増殖タイプで、本人ごと周りも改変していくタイプだったら、あたし終わってたわ…はぁ…油断禁物ね」
シズはさらに驚いて顔をしかめ、そして、少し茶化すように質問を続けた。
「おいおい、なんかヤバいな。クロエの頭、大丈夫かよ?」
「電脳って意味よね?無闇に増殖するタイプじゃなかったわ。現状把握してる限り、擬態能力の高さから見ても攻撃性は低い。でもこのウイルスが世間に広まったら大変よ。証拠が残んないもの。こんなものを作り出して、新政府でも作りたいの?一企業がやるような開発じゃないと思うんだけど…?」
考え込むクロエを見ながら、シズは少し不安そうな表情で再度問いかけた。
「そんなものが電脳にあって、シャーロットは無事?」
クロエは冷静に頷きながら、少し優しい声で答えた。
「今のところは大丈夫。このウイルスは電脳接続している間はデータ偽装のため活動を停止するみたいで、今は私が侵食を止めている状態よ。感染してまだそんなに経ってないみたい」
さらにクロエは端末を操作しながら続けた。
「追手は3次受けくらいの人間たちが送り込まれていたみたいで、直接証拠になりそうなものは無かったわ。彼らの大元はライフパートナー社。全身義体のやつはさらに別の会社経由で用心棒として雇われてたわ。コウからの情報だから、まぁ正確よ」
その時、通信が突然割り込んできた。
『はいはーい、ちょーっと割り込むよー』
モニターに映ったのは、情報屋であるコウの軽快な姿。
「シズ、久しぶりだな」
さらにもう一人の渋い声が聞こえてきた。公安の古株だ。
シズはその声に固まり、眉をひそめ、顔をしかめた。そして、モニター越しの男を睨んで怒鳴った。
「おい、
巻き込んできた元凶が現れ、シズは怒りをぶちまけた。
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