第03話:空飛ぶ復元屋

「店が監視されてるってほんと? ほんとに飛ばさないとダメなの?」


 クロエが落ち着きを取り戻し、念を押して確認してくる。クロエも1年経ってこの下町に愛着が出てきたのだろう。


「それが手っ取り早い。シャーロットは寝てるし、店ん中も荒らされたくないし。下町の連中には夜逃げしたなんて思われるのかなぁ…」


 復元屋を監視している男。状況からして、ライフパートナーか公安の関係者なのだろうが、コンタクトをとってこないとなると、ライフパートナーの可能性が高い。


 ここにくる手筈を整えたのが公安なら、既に連絡してきそうなもんだ。いや、なんで公安なら事前連絡してこないの?報連相足りないんじゃない?シズはそこまで考えて、


「ライフパートナーか公安とか、そんなのどっちでもいいか」


 シズは目出し帽を素早く被り、ゴーグルを装着すると、全身黒の装いに身を包んだ。その姿は闇に溶け込み、不安を抱かせる異質な雰囲気を纏っていた。シズの声もボイスチェンジャーで変更している。


「よし。先手必勝、周囲の人にはまとめて眠ってもらおう」


「よし…ってそんな格好で行くつもり?強盗みたいよ?」


「身バレしなきゃなんでもいいだろ」


 クロエに嗜められるが、夜ならこれで充分だとシズは思った。光学迷彩スーツのような最新装備はないし、今はスピードが最優先だ。シズは接触型のEMPやスタンガンなど、外にいる敵に先手を打って制するための準備を整えた。


 偽造データのことも、そろそろ相手にダミーだと伝わる頃だろう。早めに対処して、本当の個人情報を掴まれることは避けたい。


「じゃあ行ってくる」


 クロエもテキパキと店内を整理しながら返事をした。


「準備できたらカウントダウンするわ!」


 シズは尾行者たちの位置を把握すると、隠し通路を通って音もなく外へ抜け出した。


 復元屋があるのは、雑多な店舗街のはずれ。賑わう商店街の中心部とは違い、人がまばらな閑散としたエリアだ。狭い路地や複雑に入り組んだ通りは、シズにとって自分の庭のようなものだった。鉄骨から鉄骨へ、隙間を縫うように静かに移動し、地面へと着地する。


 シズは自分と相手の位置を確認しながら、クロエに通信を繋いだ。


『あー、もしもし?一応周辺人物の座標処理できる?』


『えー!店飛ばす準備あるんですけど…まぁ衛星の簡易的なやつなら。屋外だけだし、自動判別だから確度は低いわよ』


『それでいい』


 シズはすぐに行動に移った。まず、視界に入った近い方の男に物陰に隠れながら静かに近づく。男はそばに小型ドローンを展開し監視させてるようだ。上下に180°の視野を持つ監視カメラを装備した高性能ドローンに見える。


「厄介な代物を使ってるな」


 するとクロエからのデータフィードで、シズの視覚に周辺人物の座標と住民との判別マーカーが浮かび上がった。


「オーケー」


 男は仲間と通信している様子だったが、シズは強引に突破することに決めた。シズはその辺に落ちているボール程度の大きさの石を拾うと、建物の陰から全力でドローンに向かって投げた。


 ガンって音がしたかと思うと、ドローンはすごい勢いで回転し、上空の壁にぶつかっている。


「ドンピシャ!」


 音に気づき見上げた男に、流れるような動きで接近し電気ショックを浴びせると、電流が男の神経を襲い、彼は一瞬で意識を失う。シズはさらに義体の脚力でフラフラしているドローンに接触し、EMPを発動した。ピシュッと静かに電気的な衝撃が放たれドローンは、そのまま墜落し地面に転がった。


 公安は単独行動を基本しない。恐らくライフパートナー関係者だろう。しかし男は非電脳化で、大した情報が抜き出しできなそうだった。


『シズ、男が2人、車を降りてそっちに向かってる。あと10秒で接触』


「了解。見えてる」


 異変に気づいた仲間が動きを見せるが、クロエが男の動きをリアルタイムで伝えていたおかげで、シズは正確に距離を詰め、再び背後から電気ショックを浴びせ、シズに支えられながら静かに1人の男は倒れた。


 こいつは電脳化してそうだと、シズはすかさず電脳ポートに器具を接続し、データをクロエに送信する。


 当然、前にいたもう1人男が異変に気づきこちらを振り向くやいなや、すぐに臨戦態勢に入った。シズも格闘のポーズを取ると、巧みに攻撃を交わしながら、再び背後を取った。


 電気ショックをお見舞いしたが、なんと男は耐えた。


「ちっ!全身義体か⁉︎ …そんなんもはやアンドロイドだろ!」


 シズは驚きの声を上げた。全身義体の相手には、体表面に対する電気ショックでは効果が薄い。シズは距離を取り、男の動きを観察するが、その一瞬の隙を突いて男が攻撃を仕掛けてきた。


 男の一撃一撃は重く、破壊力がある。拳が風を切り裂き、シズの耳元をかすめる。その威力に、シズは思わず身を低くし、間一髪でかわした。


「おぉ、こわっ」


 男の動きはまるで機械のように正確で、次々と繰り出される攻撃にシズは防御に専念せざるを得なかった。まともに攻撃を受けていたら、骨が折れる危険性があったため、何とか攻撃をいなしていく。


『シズ、増援が向かってるけど、もう少し時間を稼いで!』


「厄介だな!」


 シズは内心で舌打ちしながらも、冷静さを保ち、次の手を考えた。全身義体相手には、力技は効きづらい。シズは戦いの流れを読み取り、男の動きに隙を見つけることに集中した。


 シズはふと過去の戦いを思い出した。これまでに何度も義体化した相手と戦ってきた経験が蘇る。そこで得た知識を駆使し、この男の弱点を探る。


 瞬間、クロエから通信が入る。


『あと30秒!そっちでタイミング調整して!28, 27, 26…』


 クロエがカウントダウンを始める。


 シズはそれを聞き、時間稼ぎが成功しつつあることを確信した。男が次の攻撃を仕掛けるために体を引いた瞬間、シズは全力で足元を狙った。


 男の脚部は完全な機械で、足首の関節部分にはわずかな隙間があった。シズも義体であるため、その構造はよく知っていた。


 シズは義体の隙間に隠しナイフを滑り込ませ、微細な電流を注入した。義体がわずかに痙攣し、動きが鈍ったその瞬間、すかさずプロレス技のごとく、相手の頭に足を絡ませ、地面へと強打させた。シズは素早く後頭部のポート部分から電気ショックを浴びせ、相手を気絶させた。


「ふぅ、流石に脳を揺らせば隙ができるな。しかし俺よりいい脚部の義体使ってやがる。これ、最新バージョンじゃない?…欲しいな」


 シズが一息つこうとした瞬間、耳元をかすめる弾丸の風切音が聞こえた。反射的に身を低くしたが、次の瞬間、鋭い衝撃が脚に伝わり転ぶ。銃弾が義体の脚部に命中したのだ。そのままゴロゴロしながら建物の影に隠れた。


 幸い装甲表面には小さな窪みができた程度で済んだ。


「おいおい、ここは街中だぞ!」


 恐らくスマートガンで弾道補正や特殊弾を使っているはず。シズは雑居ビルの影に隠れながら、義体の両足の出力を高めた。その瞬間、クロエからの合図がかかる。


『出るわよ!』


 シズ達の店があるビルの壁が徐々に剥がれ落ち、そして3階だと思っていた部分が、そのままゆっくりと上昇を始めた。


 モーター音があたりに響き、風が周囲に広がった。


 一瞬の隙を突き、シズは驚異的なスピードで接近し、重い一撃を次々と浴びせた。3人の男たちが次々とうずくまるのを横目に、さらに反対車線から車を降りてきた男2人にも強力な足技を繰り出し、吹き飛ばした。


「ふっ!よっ!」


 そして、進行方向に現れた人影に対しては無言で対応し、幾人か容赦なく吹き飛ばしながら進んだ。


 その後シズは一気に助走をつけると、義体の脚部に内蔵されたブースターを作動させた。強力な推進力が生まれ、その勢いで近くのビルの壁を駆け上がる。瞬く間に高さを稼いだシズは、壁際で身体をひねり、反動を使って屋上へと飛び移った。


 屋上に着地したシズはすぐに身を低くし、最初に倒した男のインプラントに接続されていた機材を確認する。その機材はすでに静かに燃え始めており、証拠が消滅しつつある。クロエが必要な情報を収集した後、機材の自爆システムを起動したのだろう。


「よし」


 シズは自身の任務を完了したと判断し、義体の出力を最大にした。上昇しながら進んでいく復元屋の機体へと、助走をつけて三段跳びよろしく屋上を伝いながら力強く上に向かって飛び、再度ブースターで加速した。


 右手を精一杯伸ばし、機体の足部分の出っ張りに…ギリギリ届かなかった。


「あら⁉︎ ああぁぁぁあ…」


 シズの叫びが虚しく夜空に響いた。義体の脚部を全力で使ったにも関わらず、あと数センチ足りなかった。


『ちょっとシズ⁉︎ 何してんのぉ⁉︎』


 落下するその瞬間、シズは空を仰ぎ、心の中で一言呟いた。空中に投げ出された体は6F程度の高さを泳いでいる。重力に引かれ落下を始め、風が耳元を吹き抜ける。


「これは……ヤバい」

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