第8話 魔族、街へ行く

ガサガサと、手に持ったゴミ袋が音を立てる。

後ろからは、話の止まらない人間のメスがついてくる。

いつも憂鬱なゴミ出しが、さらに憂鬱だ。

ゴミの集積所にゴミを置くなり、レイナが言った。


「髪飾り、直しに行きましょ!」


カインは小さくため息をつき、ゆっくりと街へ足を進めた。

レイナはそれを追い越し、さっさと歩いていく。驚くカイン。


「お前、もう道を知ってんのか」


「週一で魔王とおしゃべりしに行く他、用事なくて暇だったのよ。一部の道はもうだいぶ把握してるつもり」


魔族は黒っぽい服装に黒髪の者が多いので、そのなかではレイナの金髪と明るい色の服装はとても目立つ。そのせいか道行く魔族からは、容赦ない視線が浴びせられる。

だがレイナはそのことにもうすっかり慣れてしまったようだ。平然と、前だけを向いてスタスタ歩いていく。


不意に、レイナが足を止めた。カインを振り向く。


「お店ってどこにあるの? それに、ここから先は行ったことがないわ」


カインは何も言わずレイナを追い越し、路地裏に入った。レイナは膨れて追いかける。


しばらく行くと、薄暗い空間に家が建っていた。壁はツタでびっしり覆われている。看板らしきものが壁から出ていたが、ツタで文字が見えない。


通り過ぎようとしたレイナは、カインの背中に激突した。


「痛ぇ……」


腰を押え、恨めしい顔で振り返ったカインは、真顔で真っ赤になった額を両手で押さえ高速カニさん歩きをするレイナを見て盛大に吹き出した。


すると、ツタの家から大きな魔族がでてきた。手袋に溶接用マスク、割烹着姿で、手に風船を握っているという奇妙な格好だ。

これが、この店の店主である。表が騒がしく様子を見に来たのだった。


溶接用マスク越しの彼の目には、口元を緩ませて顔を赤らめ、目を潤ませる美形の魔族と、鬼気迫る顔で額のたんこぶを押さえ高速カニさん歩きをするヤバそうな人間が映っていた。


よく分からないが打ちのめされたような気分になり立ち尽くす店主に気づいたカインは咳払いした。


「久しぶりだな、アイザック」


「お、おぉ。カイン……あれ何?」


さっきまでの光景が嘘のように、平然とした顔で立つレイナに、魔族二人は冷たい視線を向ける。魔法で何とかしたのだろう、たんこぶが消えていた。


「魔王様が喰わなかった人間のメス……」


「噂になってた奴か。カインが連れてきたんだね」


店主・アイザックは丁寧に巨体を折りたたみ礼をした。


「ようこそ、僕の店へ」



「うわぁ、こりゃひどいね」


レイナが取り出した髪飾りを見たアイザックは、すぐさまそう言った。

レイナがカインを睨み、カインはきまり悪そうに俯いてそっぽを向いた。


「ま、半日で終わると思う。出来たら呼ぶし、散歩でもしてきたら?」


「いいえ、ここで待つわ。カインはどうするの?」


「買い物してくる。必要あれば呼んでくれ」


カインが出ていくと、レイナは部屋を眺めた。見たことも無いものが沢山置いてある。

石や金属、毛皮、骨……。天井には、数々の花や草が吊るされていた。


「アイザックと言ったかしら。ここに置いてあるものは何に使うの?」


手を動かしたまま、アイザックは顔を上げた。そして、溶接用マスクの下で微笑んだようだった。


「色々。魔法や呪いに使うものもあるし、修理に必要なものもある。あと、単に僕が好きで置いてる物もね」


ふうん、とレイナは天井を見上げた。今にも降ってきそうな草花を、レイナは不思議な気持ちで見つめた。

それに気づいたアイザックは、「気になるの?」と笑った。


「干しているやつは大体薬に使うんだよ。薬と言っても、症状を良くしたり悪くしたり、色々だけど」


「そうなのね。でも良くしてくれた方がいいわ。私が具合悪くなったら、ここに薬を買いに来ていいかしら」


もちろん、とアイザックが言った。



アイザックの額に汗が浮かび始めた頃、三匹のネズミがレイナの前に紅茶を置いた。


「嫌じゃなければ、召し上がれ」


レイナはネズミにご苦労さま、と言うとカップを持ち上げた。それを見ていたアイザックは呟くように言った。


「レイナはネズミ、平気なんだね」


「ええ。この子達は貴方の使い魔なのかしら?」


「そうだよ。僕は大きいから、細かい作業をお願いすると便利なんだよ」


でも、と寂しそうに言った。


「ネズミ嫌いの女の子多くて……皆僕を避けるから、彼女出来なくてさぁ……」


溶接用マスクの下から涙を流すアイザック。


「女の子なんて沢山いるじゃない。ネズミが好きな子だっているかもしれないわ」


にこりともせずに、レイナはそう言い放つ。アイザックは少し笑った。


「魔王様がレイナをお食べにならなかった理由がなんとなく分かる気がするよ」


そう、とレイナは気にも留めない様子で紅茶を啜った。

食器の触れ合うカチャカチャという音が、静かな室内に響いた。

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