第7話 魔族、理解する

「私にはローレンっていう名前があるの。地蔵ちゃんなんて呼ばないで」


少女はそう言って薄い胸を精一杯逸らした。


「地蔵ちゃんは私の魔法の師匠よ」


平然と、ローレンをガン無視するレイナ。


「もう、レイナ! ローレン師匠と呼んでっていーっつも言ってるじゃん!!」


「まあまあ……。それより地蔵ちゃ、いやローレン」


カインは少し考えて言った。


「レイナを連れ戻すなら、多分、魔王様の許可がいるぞ」


「はいぃ??」


今度はローレンが目を白黒させる番だった。そんな彼女に、レイナはこれまでの経緯をざっと話して聞かせた。


「……なるほどねー。じゃあ、いいや」


それにレイナが、パッと目を輝かせる。このまま師匠(地蔵ちゃん)が大人しく帰ってくれることを期待したのだ。


「ここ(魔界)でレイナの修行しようっと」


レイナは膝から崩れ落ちる。カインはそれを慌てて支えた。なんとなく気まずい空気になりカインは口を開く。


「いくつか、聞いてもいいかローレン」


ローレンはこくんと頷くと、静かに正座した。

真剣に話す時正座をするのはローレンの教えなのだと、カインは理解する。


「本当にこいつの師匠なのか?」


「もちろん。一応私、身寄りのなかったレイナを育てたの」


カインはどういう育て方したらこんなふうになるんだよ! という言葉を喉の奥に押し戻す。


「なんでこいつに魔法の修行を?」


「魔女の契約しちゃって……レイナが一人前になるまでは面倒見ないと、私が呪いで死んじゃうんだよね」


カインは頭を抱える。呪いが関わってくると、話は途端に面倒くさくなるのだ。


「……どうやって魔界まで来れた?」


「二人を追いかけて飛んできたに決まってるじゃん」


カインの顔が引き攣る。普通の魔法使いならそんなことは出来ない。それに、カインは飛んでいた時、一切他の者の魔力を感じなかった。


「ローレン。お前、何者だ?」


重い空気にそぐわない、とぼけたような表情で、ローレンは少し考えて見せた。


「蓮沼ローレン。史上最強と呼ばれた魔女さ」


得意げな顔で腰に手を当てる。するとレイナが復活した。


「その口調似合わないわよ地蔵ちゃん。どう足掻こうが見た目は私よりちっちゃいんだから」


そしてレイナはカインの耳に顔を近づけ囁いた。


「あんなのでも少なくとも百五十歳は超えてるらしいわよ。中身はシワシワおばあちゃんなんだから。騙されない事ね」


「聞こえてるよレイナ」


ニコニコの笑顔に、ローレンは数本血管を浮き立たせる。挑発的な笑みになるレイナ。

二人は笑顔のまま再び火花を散らす。


「とりあえず!!」


カインが二人の間に入った。


「ローレン。事情はなんとなくわかった。でも魔界に人間が住むとなると、こいつみたく魔王様の許可をとらないと……」


こいつ、のところでレイナの方をピッと指さすカイン。ローレンは落ち着き払って答えた。


「諸々の説明受けてから、魔王に使いをやったの。多分許可はすぐ降りると思うよ」


ちょうどその時、ローレンに向かってくる黒い影があった。オッドアイが特徴的な黒猫だった。


「ローレン様。許可が出ました」


「ほら。タイムリー」


ローレンはニコニコしながら、自分の使い魔におやつを与えた。どこから取り出したのか、ローレンの周りには猫じゃらしにブラシ、キャットタワーが並んでいる。猫はそれらを一瞥すると、離れた場所のひなたで丸くなった。


「つれないなぁ全く……」


ブツブツ言うローレンの周りにはもう、既に何も無くなっていた。一部始終を見ていたレイナはニヤニヤ笑った。

そして、突如小さな雷雲が発生し、レイナに雨と雷をお見舞した。びしょびしょの黒焦げになるレイナ。ローレンがそれを見てニヤニヤする。


カインは、二人の力関係をなんとなく理解した。


ローレンに乱された服装を、レイナは一瞬で綺麗にして見せた。


「こいつ、かなり魔法使えるやつだと思ってたんだが……これ以上、修行することあるのか?」


カインは思ったことをそのまま言ってみる。レイナはブンブンと頭を縦に振った。ため息をつくローレン。


「レイナには、山に籠っても少しは生きてられる位の力しかないの。最低でも、山で一人、一生暮らせるレベルにならないとね」


「今ので十分よ、地蔵ちゃん。私は山で暮らす予定ないしそんなの必要ないわ」


地蔵ちゃんと言われ額に青筋を浮かべたローレンは、早口で一気にまくしたてる。


「あなた修復魔法使えないでしょ。飛ぶのも下手くそ。あと一から生活必需品すら作れないし薬も全然違う効能になっちゃう。なによりまだ使い魔すらいないじゃん」


レイナは言葉を詰まらせそっぽを向いた。カインは隣で苦笑した。

夕方になると、ローレンは森へ入っていった。もう既に、森の中に家を構えているようだった。

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