第9話 魔族、モテる

そろそろ戻るか。


買い物を終え、カインはアイザックの店へ向かう。


「あ、カインさん!」


道端で野菜を売っていた少女が声をかけた。


「……ああ、ニーナか」


少女に軽く手を上げて応え、さっさと通り過ぎようとするカイン。


「待っ……あの! こんどお茶でもどうでしょう!」


「遠慮しておく」


素っ気なく返すカイン。歩みを止める様子は無い。


「で、ではこの後お野菜を持って伺います!」


「気持ちだけ受け取るよ」


彼の態度に残念そうな顔をしたニーナの顔は、少し振り向いて送られたカインの微笑によりとろけた。

カインが視界から消えた後、ニーナは次、どうアプローチするかを考え始めた。


カインは静かにため息をつく。

今回の買い物中に、ニーナのようにお茶に誘ってきた魔族は、彼女を含め六人であった。


魔界では、特に異性をお茶に誘うというのは、貴方を気に入っているということを露骨に示す行為である。

俗に言うハイスペックイケメンであるカインは、町娘達の憧れの的なのだ。



店に戻ると、アイザックが顔を上げた。


「おかえり、カイン。ちょうど終わったところだよ」


はい、と差し出された手のひらには、青い蝶をかたどった髪飾りが乗っていた。


「ありがとう、アイザック」


レイナは丁寧に髪をまとめると、髪飾りをつけた。ブロンドの髪に、青い色がよく映える。


「助かったよ。それで、支払いは……」


カインが尋ねると、アイザックはレイナを見た。


「そのことなんだけど……。レイナ、支払いついでにカインと話がしたいから、工房で待っていてくれないかな」


「ええ、いいわよ」


レイナが扉の奥に消えると、アイザックは困ったように笑った。


「あの髪飾りのことなんだ。レイナには、まだ伝えていないんだけど……」


アイザックは、静かに話し始めた。


僕が魔装具に詳しいのは知っているよね。

それで、あの髪飾り……魔装具だったんだ。それもだいぶ特殊なやつ。

使っていても、恐らく大丈夫だと思うけど。

あの髪飾りには、魔族の魂が込められている。

大魔族のものだ。魔王様も超えるような。

それで……その魔族はレイナの血縁である可能性が高い。

レイナは、もしかしたらかなりの重要人物なんじゃないかな。

ひょっとしたら、レイナに魔族の血が流れていたりとか……。

調べてみなければわからないけど、一応知っておいた方がいいんじゃないかと思って。


そしてパッと顔を上げ、それまでとは打って変わって明るく言った。


「今回は、支払いはいいよ。またなにかあったら寄ってね」


「あ、ああ。そうさせてもらうよ」


「それよりカイン。彼女、いい子じゃないか。お似合いだと思うよ」


アイザックは工房の方を指さした。


「突然何を言って……」


「レイナ、終わったよー」


「あら、長かったわね」


レイナが顔を覗かせた。そういえば、これほど自分に興味のなさそうな女は初めてだとカインは思った。


「帰りましょ」


颯爽とドアを開けて、アイザックに礼を言い出て行くレイナ。


アレが、大魔族の血を引いているかもしれないとは。


なんだか頭痛がするカインだった。

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