二章 (5~
第5話 魔族、感傷に浸る
月の光を受けて、男の額の模様が妖しく紫色に輝く。魔族特有の模様だ。
男は魔族の中でも珍しく生真面目な良い奴で、名前はカインという。
そんな彼は今、目の下に酷いクマを作り、延々と祈りの言葉を口にしていた。
「魔王様の数日後が五日以内でありますように魔王様の数日後が五日以内でありますように魔王様の数日後が五日以内でありますように魔王様の数日後が……」
今が真夜中であることも相まって、呪詛かと思うほど不気味だ。だが本人は至って真面目なのである。
いつしか、彼の声に怒りが込められる。
「いつになったら決まるんだよ……魔王様の使い魔早く来いよ……!」
その自らの発した一言で、彼は正気を失ったようだった。
「……早く来ますように早く来やがりますように早く来い早く早く来やがれませ早く早く早く来いやがれますように」
もう一度言う。彼は生真面目で良い奴だ。……いつもならば。
結局彼の祈りは届かず、魔王の使い魔が通達書を携えやってきたのは、この日から十三日後のことだった。
魔王の使い魔、黒竜を見送ったレイナは、黙って出ていく準備を進めた。
運ばれてきた通達書の内容は、簡単にまとめるとこう書かれていた。
一、一週間に一度は魔王城に行き、魔王に謁見すること。
二、魔族に対する悪意を抱かないための呪いを受けること。(そのため今日の真夜中に魔王城へ来るように。)
三、魔王城の門扉など公共物は壊さないこと。
四、住居は魔王城から徒歩十分以内の場所であればどこに構えても良いとすること。
三に関しては、人間界でも当たり前のことだ。レイナは思わず苦笑した。
さて、出ていく準備と言っても、攫われた際身につけていたものしか魔界には持ってきていないし、準備にはさして時間はかからなかった。
魔界に来てからできた自分の荷物と言えば、カインがレイナにと買ってきたタオルと化粧水、美容パック位である。(タオル以外、カインに我儘を言って買ってもらった物)
洋服は、毎日風呂に入る時に魔法で綺麗にしてずっと同じものを使っていたので、今着ているものしか持っていない。
部屋が自分が来る前の状態に戻ったことを確認したレイナは、もう一度通達書を広げる。
住居……考えてなかったわ。徒歩十分以内、ね。
窓の外に目を向ける。そこには圧倒的な存在感を放つ魔王城。
外に出て、家の周りを見て回る。そんなレイナを、護衛が遠巻きに見ていた。
カインの家は、どう見ても徒歩十分以内に収まる場所にある。そして、森が近いからか、付近に他の魔族たちが住んでいる様子はない。
レイナの顔に、悪い笑みが広がった。
「ただいま___」
帰ってきたカインは、レイナが居ないのに気がついて狼狽した。
「あいつなんで居ないんだ……!? 軟禁状態だろ? まさか殺されたりとか……っ」
その時、一枚の紙切れが彼の目に留まる。これまで世話になったことに対する感謝と、通達書がきてこの家を出ていくことが淡々と書かれていた。レイナが残した書置きである。
カインは書き置きを握りつぶす。体が小刻みに震え出す。
「はーはっはっは!! そうか、そうかそうか!! はは、それは良かった!!!」
カインの目には涙が浮かんでいる。それが笑いすぎてでたものなのか、別の感情からくるものなのかは、彼自身にも分からなかった。
笑いが収まると、室内が急にシンとなる。なんだか部屋が広くなってしまったようにも感じられた。ゆっくりと室内を見回す。
邪魔でしか無かったが、居なくなると寂しいもんだな……。
一人、部屋の隅で飲んだ淹れたてのコーヒーは、いつもよりほろ苦かった。
もう、迷惑をかけられることは無いだろう。魔王城で顔を合わせるかもしれないが、流石にもう何も起こるまい。
そう、思っていたのに。
どうやら俺は何からも逃れられないようだと気づくのは、この翌日のこととなった……。
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